世界を割る
「世界を割る」第85回

第85回 「いいこと酢」で割る

「世界を割る」第85回

俳優の杏さんが出ている「いいこと酢」のCMをテレビで見た。杏さん(とCMの中でも呼ばれている)が撮影の合間に急にラーメンを食べ出して、それを遠くで見ているスタッフが「え!ラーメン?」とびっくりしている。すると杏さんは「いいこと酢」をラーメンにかけて、後はその「いいこと酢」が機能性表示食品で、体にいいものであることが画面に表示されて、得意気な杏さんの表示に戻って終わりという、そんな内容だった。

「いいこと酢」は、ミツカンの新商品として今年から売られているものらしい。

本品には酢酸が含まれます。酢酸には血圧が高めの方の血圧を下げる機能、日常生活で生じる運動程度(5~6METs)の一時的な疲労感を軽減する機能、肥満気味の方の内臓脂肪を減少させる機能があることが報告されています。

と公式サイトの商品紹介ページにはある。“血圧”“内臓脂肪”も気になるが、“疲労感を軽減”というのがいいじゃないか。杏さんもラーメンにかけていたし、普段から家で袋麺など作ってよく食べている自分にちょうどいいように思えた。後日、スーパーで売られているのを見かけて買ってみた。

以来、よく使っているのだが、何にかけているかというと、ラーメンではなく、刻んだレタスに、である。オリーブオイルと「いいこと酢」と塩コショウを混ぜ、簡易なドレッシングを作ってレタスにかけるのだ。レタスの他に、薄く切って水に少しさらした玉ねぎ、ピーマンなどもあるとよりテンションがあがる。そこにハムでも乗せたらもうごちそうだ。

私は昔からサンドイッチのチェーン店「サブウェイ」が好きだ。高校生の頃、学校の割と近くにサブウェイができて、学校帰りによく行っていた。「ベジーデライト」というのが一番安いメニューで、野菜だけが入ったものなのだが、私はハムやチキンが入った他のメニューよりもむしろそれが好きだった。

パンや具材など、好みに合わせてカスタマイズできるのがサブウェイの特徴だが、何種類かの中から選べるドレッシングは、いつも「オイル&ビネガー」一択。酸味と塩気のシンプルな味付けで、野菜そのものの味とシャキシャキした食感を楽しむ。私にとって、サブウェイとは、それなのだった。

たまに無性に食べたくなる。今住んでいる場所から一番近い店舗へは頑張れば行けないこともないのだが、ちょっと時間がかかる。先日「今すぐベジーデライト食べたい!」という時があって、先述の通り、刻みレタスにオリーブオイル&「いいこと酢」&塩コショウのドレッシングをかけて食べてみたら、結構、気が済んだ。

サブウェイの「オイル&ビネガー」にはファンがいるようで、ネットで検索すると「どうやったらあの味を再現できますか?」という主旨の質問が、「Yahoo!知恵袋」にいくつか投稿されているようだった(「白ワインビネガー」を使うといいのではと回答している人がいた)。もっと確実にあの味に近づける方法があるとは思うのだが、とりあえず私は「いいこと酢」で気が済んでいる。

サブウェイの味を思い出すと、同時に高校時代のことを思い出す。冴えなかった3年間。なんだかいつもモヤモヤした気分があって、「ここは自分に合った居場所ではない」という感じがしていた。「じゃあ、どこが居場所なんだ」と考えてもそれはわからなくて、またモヤモヤが募る。

この状況を打開するためには恋愛経験が必要なのではないかと思ったが、クラスに一人いた好きな人には交際相手がいることを知っていて、どうにもならない。部屋でゲームばかりしてダラダラと日々を過ごすだけで、何かいいことが降って湧いてくるわけもなく、「このままではいけない、何か始めないと」とは思っていた。

そんな時に、学校の近くにサブウェイができた。マクドナルドでもケンタッキーでもない。お店の人に好みを伝えて作ってもらう野菜たっぷりのサンドイッチ。学校帰りにそれを買って食べていると、めちゃくちゃ大人びた気分になって、「これを食べているだけでモテるようになるかもしれない」と思えた。その頃、「シーブリーズを体に塗っていたらモテる」という噂を聞き、シーブリーズも買った。シーブリーズを塗ってサブウェイを食べていたのに、日々は平坦なまま続いていった。

高校の頃といえばサブウェイとシーブリーズだったな……と今、思い出しつつ、私は台所からチューハイグラスを持ってくる。氷を入れ、炭酸水と甲類焼酎を注ぎ、そこに「いいこと酢」を加えてかき混ぜる。飲んでみる。「ん?」と、少しの違和感。

ミツカンの公式サイトのQ&Aコーナーにこうあった。

Q:「いいこと酢」は、穀物酢や米酢と同じように使えばいいのですか?

A:穀物酢や米酢と同様にかける、飲む、調理にお使いいただけますが、「いいこと酢」は砂糖やだし等を配合しているため、味わいは異なります。特に、だしがフルーツの風味と合わないため、「いいこと酢」をフルーツ酢(サワードリンク)に使用したり、フルーツジュースに混ぜるのはおすすめしません。

なるほど、だしが含まれているのが「いいこと酢」の特徴なのだ。だからチューハイに入れた時、すっきりした後味というより、おでんの出汁割りを飲んだ時のような「あれ、自分が今飲んでいるのはなんだろう?」という不思議な感覚があったのか。いや、これはこれで私は嫌いじゃないのだが、すたちチューハイみたいな感じを想像すると、ちょっと違う。

それをちびちびと飲みながら、もう40代も半ばか、と思う。いつの間にやらである。サブウェイとシーブリーズだったあの頃が何もなく過ぎ、チューハイに「いいこと酢」の今を、また何もなく過ごしている。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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