世界を割る
「世界を割る」第66回

第66回 いい話を聞きながら割る

「世界を割る」第66回

昨日のことを思い出しながら、山谷酒場のスパイス焼酎を炭酸で割って飲んでいる。この連載の第46回に書いたのと同じもので、スパイスが入ったガラス瓶に自分の好きな焼酎等を注ぎ、しばらく寝かせると完成する。人からいただいたもので、少しずつ、大事に飲んでいる。ミントのような爽やかな香りが鼻に抜ける。

「世界を割る」第66回

昨日、神戸の高取山にある「月見茶屋」という山茶屋でイベントがあって、私はそこに行ってきた。「月見茶屋」の店主・川本眞智⼦さんがこれまでのご自分の経歴や山との関わりについて語るという催しで、川本さんと親しいライターの藤川満さんが聞き手となって、その話を参加者が、酒を飲み、おでんや名物の餃子をつまみながら聞くというものだった。アウトドア用品ショップ「白馬堂」の店主・浅野さんが主宰する「六甲山専門学校」というイベントの一環として行われたものである。

私は高取山の「月見茶屋」が好きで今までに何度か入ったことがあったけど、店主の川本さんとはほとんど話したことがなく、餃子を注文して焼いてもらうだけだった。川本さんが焼いてくれる餃子は、野菜を細かく刻んだ餡がたっぷり入っていて、なんとも旨い。山の上で食べるからまたなおさらなのかもしれないが、とにかく、一度食べたら「絶対また食べに来よう」と思う味なのだった。

そこで食べる餃子も飲むビールやチューハイも、たまに聞こえてくる常連さんと川本さんの会話もすべてがいい感じで、その大好きな「月見茶屋」について詳しく知ることのできる催しだから、もう本当にありがたかった。楽しくて酒を飲み過ぎて、帰りは一緒に参加した方に「大丈夫ですか!?」と心配されるほど酔ってしまった。山の上で調子に乗って飲み過ぎてはいけない。以後、気を付けます(本当にすみませんでした)。

で、楽しかったはずの昨日の記憶が酔ったせいでかなりぼんやりしているので、そんなこともあろうかと持っていったICレコーダーの録音を聞き返しながら、また改めて飲んでいるのが今だ。

川本さんと藤川さんのやり取りは楽しくて、きっと「月見茶屋」に行ったことのない人が聞いても面白い気がする。あまり深い情報に触れない部分に限って、ここに書き起こしてみようと思う(語尾などほんの少しだけ手を加えている)

聞き手は藤川さん、語り手は川本さんという役割ではあったが、参加者みんなで一つのテーブルを囲みながら聞いた話である。

「世界を割る」第66回

藤川さん「川本眞智⼦さん、御年……」

川本さん「言うの(笑)いつの間にか78歳になっちゃって」

藤川さん「お生まれはどちらになるんですか?」

川本さん「千葉県」

藤川さん「千葉のどちらですか?」

川本さん「九十九里浜の、南端の方になるんかな。海岸は、上総一ノ宮海岸ゆうて、東京オリンピックの時にサーフィンの会場になったところ。波、いいですよ、山よりいいです(笑)」

藤川さん「結構、田舎町というか?」

川本さん「ああ、田舎です」

藤川さん「山とかあったんですか?」

川本さん「ない(笑)ないものねだりで山好きになっちゃった」

藤川さん「山が好きになったきっかけっていうのは、いつどこでとかあったりするんですか?」

川本さん「高校2年の時にキャンプに行ったんですよ」

藤川さん「どこに?」

川本さん「千葉県内にね。みんなご存知かな。今有名になってる養老渓谷ゆうてね、結構、楽しいコースで、ちょっと登って、崖登ってそこから滝に飛び込んだりね、先生に怒られて(笑)そんな中、岩よじ登ったりする感覚がちょっとハマりの原因ですね。それで、高校3年の夏休みには昔はスマホなんかないからさ、文通でね。蓼科に住んでる人らとグループで文通しあって、それで夏休みはほとんど、キャンプ場の整備、なんか夜回りみたいなんで、ほとんど夏休み、山で暮らして」

藤川さん「アルバイトみたいな感じで?」

川本さん「いや、そのかわり、バンガローを一棟貸してくれて、私、体操部入っとったからね、今週は体操部、来週はテニス部とかね」

藤川さん「ああ、『体操部の担当の日』みたいなんでね」

川本さん「毎日ね、夜中のキャンプの後始末とか見回った。昼間はね、蓼科山に登ったりね、白樺湖に行って泳いだりね」

藤川さん「高校卒業してから本格的に山にハマって?」

川本さん「高校卒業して東京に出てすぐ、民間の山岳会。あの頃、ブームでしたわ。新聞でも何々山の会募集とかさ。それでハマっちゃいました」

藤川さん「新宿駅でたまったりとかって感じで?ホームにたまって歌を歌ったりしてた(笑)」

川本さん「うん。今の新宿みたいにね 東口、歌舞伎町、あんな町と違う。よかったですよ。岳人(がくじん)スナックとか岳人喫茶とか」

藤川さん「そういうのがいっぱいあった?」

川本さん「伝言帳とかあってね。『来たけどいなかったね』とかね『10分後に行ったのに』とか、次の日に書いてあったりね、まあ、真面目なもんですよ(笑)」

藤川さん「ちょっと話、戻りましょうか。で、ええ、山に本格的に行くようになったと、それは何歳で?」

川本さん「高校卒業して、18歳ですよ」

藤川さん「日本アルプスとか行き出した感じで?」

川本さん「その当時からね。ただ……話せば長いな(笑)」

藤川さん「それを聞きに来てるんです(笑)」

川本さん「東京居る時はほんま、丹沢とかさ、奥多摩がブランドでした。先輩が小屋やってたからね」

藤川さん「どこの小屋です?」

川本さん「丹沢と、あと、奥多摩の大岳小屋ね」

藤川さん「それは手伝う感じで?」

川本さん「手伝って、それで帰りの電車賃くれるのよ。お金がないから、片道切符で行っちゃうでしょう。だから『また片道切符で来たな』言われてね(笑)帰りに薪割り手伝ったりね」

藤川さん「薪割りやってたんですね」

川本さん「やっぱりお風呂呼ばれるでしょう。ドラム缶のお風呂に。帰りには薪作って、お礼がてらね。まあ楽しかったですわ。山しか考えることなかったですね。ただ、お金が続かなくてね。だから9時から17時までは事務員で会社行って、帰りがけにアルバイト行って、それも、まかないの出るところ行ったら、晩御飯一食助かる」

藤川さん「で、丹沢とか奥多摩からさらにレベルアップしていくわけですか?」

川本さん「そうですね。若い時は無茶しましたわ」

藤川さん「よくね、まっちゃん(川本さんのこと)が『私は日本アルプスを初めて短パンで歩いた女だ』と言ってるじゃないですか?それは実際そうだったんですか」

川本さん「そうでしたね」

藤川さん「なんで短パンで歩こうと思ったんですか?」

川本さん「いやいやあの、やっぱ3000メートル級の山はね、天気のいい夏山なんかね。私らの頃、今みたいなそんなさ、いいのないわね ニッカで歩いてたからね」

藤川さん「それは男女関係なくニッカポッカで」

川本さん「そんでね、やっぱね、短パンで歩いたほうがね、歩きやすいの。膝が楽。そのかわりお天気悪かったらもう気温下がるからね。うん」

藤川さん「その短パンは、山用の短パンはなかったですよね?」

川本さん「いえいえ、あつらえて、おまけにここ(サイドの部分)、スリットしてね」

藤川さん「おしゃれじゃないですか」

川本さん「歩きやすいねん」

藤川さん「それはどこであつらえてもらったんですか?」

川本さん「近くの洋装店でね。山行くからゆうて、ウエストも楽にしてくれてね。昔はね、昔のこと言うと嫌われるけど、女子は前スリット。ファスナーってなかってん。脇やってん。せやけど前ファスナーの方が楽よ、ゆうてね、してくれて。すると、山小屋で『生意気が来た』とか言われて」

藤川さん「生足ですか?」

川本さん「当たり前。それでハイソックス履いてね」

藤川さん「周りの人になんか言われたりしませんでした?」

川本さん「いや、あまり頓着ないんちゃう?『綺麗な足しとんな』とは言われた。うそうそうそ(笑)でも高校の時に、英語の先生が可愛がってくれてね、私、体操部入っとったから、『あ、あの足の綺麗な子』言われてね」

藤川さん「ええと、じゃあ、どうして神戸に来るようになったかという話を」

川本さん「それが……長いねん(笑)話せば長いねん。たまたま私がバイト行った先がね、中華料理屋やってん。そこにうちの今の亭主がね、神戸から家出同然で出てね、中華料理、習いに来たん。そこに行ったのが運の尽きや。商店街の会長さんがタバコ屋しとって、二人とも真面目やったからね。あの二人を結べる会ゆうのを作っちゃってね。山仲間がかわるがわる見にくんねん。『よさそうな人やで』とかさ。うちの主人、物言わんと、カンカンカンカン鍋ふってましたわ。そこで覚えたのがこの餃子です」

藤川さん「ああ」

川本さん「それから主人、四軒ほどね、渡り歩いて、最終的に、最初に教えてくれた台湾人の味で、ずっと中華料理。板宿で20年やっとった。レシピもね、ぐちゃぐちゃな手帳に未だに書いてます。書いたまんま」

藤川さん「ご主人は山は当時やってなかった?」

川本さん「全然。なんとなくお付き合いした時に、テント一張りで男4人とかさ、女一人ゆう時もあるし、(主人が)『何しに行くねん?』みたいなこと言うねん。ほないっぺん山行こうか、ゆうて連れて行ったのが、あかん。ハマった原因やねん。主人なんか、もう、家庭を振り返れへんようになっちゃった」

藤川さん「ご主人の方がハマっていったと」

(中略)

藤川さん「話が進んじゃったんですけど。中華料理店をやって、20年やって、やめて、でも、その時、たしかスナックもやられてたんじゃないですか?いつやられてたんですか?」

川本さん「いや、中華料理やりながらよ。21時からよ」

藤川さん「名前がなんでしたっけ?」

川本さん「岳人スナック穂高(笑)」

(中略)

川本さん「私、ただ住むだけの家いらない思ってね、そしたら店舗付きの家があったからね。それも高取山の帰りにさ、夫婦で酔っぱらって、手元に3万円しかないのに3万円で手打って買った(笑)もういいよ私の話しは(笑)」

(中略)

藤川さん「もうじゃあその時は、山も近いから高取にはよく登ってたんですね。散歩がてらみたいな感じ?」

川本さん「うん。仕事前にね」

藤川さん「仕事前に。ここ(月見茶屋)にもよく寄ってたわけですか?」

川本さん「ここはもう。上得意のお客やった。ここのおばちゃんが次の日にね、電話がくんねん。『あんたら夫婦が来たらビールがよう売れるわ』ゆうて(笑)」

藤川さん「それは、どういう感じなんですか?」

川本さん「餃子が焦げる!(と言いながら席を立つ)」



と、二人の話はこの後も続くのだが、それはまた改めて書き起こしたい。いくらかでも雰囲気が伝わっただろうか。川本さんは話しながら何度か席を立ち、名物の餃子を焼きに行ってくれた。参加者は一人三個ずつ、その餃子を食べることができた。

「世界を割る」第66回

何度食べても美味しい餃子。川本さんのご主人が今も仕込んでいて、それを川本さんが山の上で焼いている。中に何が入っているかはご主人しか知らないんだという。また食べに行こう。

スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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