世界を割る
「世界を割る」第70回

第70回 クロモジで割る(飲む編)

「世界を割る」第70回

前回仕込んでおいたクロモジ焼酎がついにできた!……といっても、クロモジの枝や葉っぱが入ったパックを甲類焼酎に入れて、そのまま一ヶ月ほど放置しただけである。ウイスキーのような琥珀色になっている。

グラスに氷を入れ、そのクロモジ焼酎を注ぎ、水で割って飲んでみた。おお、すごく美味しい。これはなんというのだろう、ジャスミンとは違うけど、ああいう方向性の爽やかさのある香り。ラベンダーっぽいのかな。決して押し付けがましくなく、すーっと体を清めてくれるような風味である。これはいい。常に作っておきたいほどだ。

ところで、私はついさっきまで寝ていた。これを書いているのは6月4日で、私の住んでいる大阪は天気がよかった。でもまだ暑くて困るというほどではなくて、風は涼しかった。という、そんな気候なのだが、もう寝苦しいのである。

「世界を割る」第70回

私は夏が苦手で、いや、季節として嫌いというのではないのだが、夜、寝る時に暑いのが耐えられない。まだそれほど暑くなかった今日のような日ですら、すでに布団の足元に保冷剤を置いて寝ていた。保冷バッグに入れて飲み物や食べ物を冷やす用の保冷剤だ。

家の冷凍庫には保冷剤がたくさん入っているのだが、寝る前にそれを一つ取り出し、ビニール袋でくるんで布団に置く。そしてそこに足を当てて寝る。さっきまで冷凍庫に入っていたものなのでめちゃくちゃ冷たい。10秒も当てていられないほどなのだが、この冷たさが私はたまらなく好きだ。徐々に保冷剤の保冷力が弱まってきて、また、私もその冷たさに慣れてきて、足をぴったりくっつけてももう我慢できる。体の中の余計な熱が足先から吸い取られていくようなそんなイメージを思い浮かべて眠る。

起きたら保冷剤をビニール袋から取り出し、また冷凍庫に入れて、夜が来たらまた足先に当てて、また朝が来て……という繰り返しが夏の間続くことになる。

で、まあ、それでいいと言えばいいのだが、足を冷やすのにもっといいものがあればなと思うことがある。たとえば、鉄。鉄じゃなくてもいいのだが、つるつるした金属の塊みたいなものがあったとして、それを布団の足元に置いておく。金属の塊には足がちょうど置きやすいようなくぼみがあるとなおいいだろう。大きな金属の塊だから、触れると冷たい。そして足先から私の熱をグイグイと吸い取ってくれるのだ。想像しただけで気持ちよさそうではないか。

その想像から発展して、金属製の抱き枕みたいなのはどうだろうとも考えている。足先だけでなく、もう抱きかかえて眠るようなサイズのやつ。人間が抱いて眠るのにちょうどいいようなカーブがついていて、ひんやり冷たい。当然、体の熱をグイグイ吸い取ってくれる。そんなものがあったら絶対に買いたいと思うのだが、大人が抱きかかえてちょうどいいぐらいのサイズだから、かなり重くなるだろう。アマゾンで買ったとして、それをうちまで配送してくれる人が相当大変だろうと思う。もしそれが大ヒットして日本全国から求められることになったら、運送業者の負荷は甚大なものになるだろう。それは避けたい。

そこで考えたのが、金属はあきらめて、プラスチック製のものに水を満たすという仕組みである。プラスチック製の抱き枕のようなもので、どこかにキャップがついていて、そのキャップをあけると中に水を注ぐことができる。水を入れるという手間は発生してしまうが、注ぐ水温を好みに応じて調整できるというのは利点とも考えられる。冷たすぎず、ちょうどいいひんやり感のある温度の水を注ぎ、それを抱っこして寝る。絶対気持ちいい。

また、これなら運送業者の方の負担もそれほどではない。かさばりそうではあるが、重くはない。っていうか、今気づいたけど、それなら冬はお湯を入れてもいいのか。湯たんぽの抱き枕バージョンみたいな。ただ、朝になったらめちゃくちゃ冷たくなっているだろうけど。うーん、もっといいアイデアが浮かびそうな気がする。私と一緒に誰か考えてくれないだろうか。もしくは、「僕もそれ思って探してたんすよ!で、最高に冷たいやつ見つけたんすよ!」という人がいたら教えて欲しい。

と、ここまで書いてようやく検索してみたのだが、「ひんやり抱き枕」みたいな商品はすでにたくさんあるようだ。なんだ、みんな同じ気持ちだったのか。でも、サッと見てみたところ、抱き枕のカバーの素材がちょっとひんやりしているぐらいの、そういうものが多いようである。私はもっともっと体温を奪われたいのである。

自分のこの「体温を持っていかれたい」という欲望はなんなんだろうかと思う。自分の体に余計な熱がある感じ。それを奪い去って欲しい。ひょっとしてこれが更年期のあれか?もっと冷たい体になりたい。小川をさらさら流れる水のようになりたい。そんなことを考えながら、よく冷えたクロモジ焼酎割りを飲んでいる。体の中がシーンと冷やされる感じが、すごく心地いい。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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