世界を割る
「世界を割る」第61回

第61回 思い出で割る

「世界を割る」第61回

前回、淡路島岩屋・扇湯の横の立ち飲みスペースである「ふろやのよこっちょ」にて、
“スズキナオの「世界を割る!」ポップアップ酒場 割るバー in ふろやのよこっちょ”
というイベントを開催することになったと書いた。そしてそれが終わった。今回はその時の様子を振り返りたいと思う。

開催日となった2022年6月25日、その時点では近畿地方の梅雨明けの発表はまだで、「もしかしたら雨降りの日に当たるかもなー」と思っていたのだが、天気予報を見るに一日くもり空とのことで雨は降らないようだった。

イベントは14時にスタートする予定なので13時頃には岩屋に到着して準備をし始めるようにしようと、今回サポート係をお願いした飲み仲間の山琴ヤマコさんと話してあった。と、なると12時半に明石港を出る「ジェノバライン」という高速船に乗って島へ向かいたいから、買い出しもするとして、と、明石駅に11時半に待ち合わせることになった。

JR大阪駅から電車に乗り換え、私はウトウトしながら明石駅を目指した。駅に着き、山陽電車でやってきた山琴ヤマコさんと合流。山琴ヤマコさんが、近くにスーパーがあることを教えてくれ、そこで買うべきものリストを印刷した紙を渡してくれた。彼は空のダンボールをくくりつけたカートを引いてきていて、「買ったものはここに入れて運びましょう」と言う。何から何まで準備してくれているのだ。「え、じゃあ逆にもし自分だけでやるんだったらどうするつもりだったの?」と私は自問自答した。たぶん私は何も持たずに岩屋へ渡り、どうしようもなくなって島の南部へ向かって逃走していただろう。

山琴ヤマコさんが用意してくれたリストを片手にスーパーで買い出し。この日、当連載でこれまでに試しに作ってきた飲み物をメニューとして用意し、提供する予定になっていた。たとえば「缶コーヒーハイ」や「豆乳ハイ」というものを出す予定だ。どちらもその名の通り、甲類焼酎を缶コーヒーや豆乳で割って作る簡単なものだが、「缶コーヒーを何缶買っていけばいい?」「豆乳はどれぐらい買う?」という疑問が発生する。……わからない。何人ぐらいの方が店に来てくれるのか、まったく想像できないのである。缶コーヒーや豆乳が大量に余ったらどうしよう。悩みながら、それぞれのメニューが5杯ぐらい出ると仮定して買っていくことにする。

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無事12時半の船に乗ることができた。自分たちが飲む用に買ってあった缶チューハイで乾杯し、「今日はがんばりましょう!」と気合を入れる。

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13分間の海上の旅があっという間に終わり岩屋港へ到着。岩屋港には「岩屋ポートビル」という施設があって飲食店や特産品が並ぶ売店などが入っていたのだが、建物が老朽化したのを理由にその隣に「岩屋ポートターミナル」という新しいビルが建ち、従来の役割をそっちに移すことになった。で、もともとの古い「岩屋ポートビル」はまさにこれから取り壊すところらしかった。岩屋に来る度に立ち寄っていた思い入れのある建物だったので、最後に写真を撮っておく。

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よし、ではいよいよ今日のイベント会場である「ふろやのよこっちょ」へ、と思って歩いていたら雨が降ってきた。

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お店のオープンに向けて準備をしているうちに雨はどんどん強くなっていく。もし今日来てくれるつもりだった人がいたとしても、さすがに雨の中を海を渡ってまで行くのは嫌だろう。「こりゃちょっと厳しいかもしれないっすね」と言い合いつつ、とにかく準備だけは進めていく。

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山琴ヤマコさんがこんなメニュー表を作ってきてくれていた。

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メニュー名の下には、それぞれの飲み物が登場した連載回を読めるようQRコードがついている。この心遣い。やばい。

メニュー表を壁に貼って、お店にあるCDプレーヤーで電気グルーヴのアルバムをかけて、あとはのんびりやろうと思っていたら開店から間もなくして4人ほど友人が来てくれた。「もうこれで安心。雨の中を4人も来てくれたら御の字」と思っていたらそれからも切れ目なく人が来てくれる。雨は降ったり止んだりを繰り返し、夕方には上がった。

東京から来てくれた人もいれば、地元の方がふらっと寄っていったりもした(いつもならこの店で飲めるソフトドリンク類が私たちには作れなかったので迷惑をかけた人もいてそれだけが心残りだ)。この「ふろやのよこっちょ」の隣にある銭湯・扇湯を盛り上げるために尽力している島風呂隊の松本康治さんや槇さんも飲みに来てくれた。

「のんびり飲みながらやりましょう」と話していた私と山琴ヤマコさんだったが、途中からは普通に忙しい店の店員となり、「缶コーヒーハイ都合3に豆乳が1です!」「やばい!もう缶コーヒーないです!2杯で終わり」「っていうか豆乳ももう無くないですか?」「本当だ……」「とりあえずカップそっちから取ってもらえますか?」「はい。氷は、あ、氷がもうない!」みたいな感じでてんやわんや。後半は「ナオさん、顔が死んでますけど大丈夫ですか?」と友人に心配されるほどの状態となった。実際、私は疲れ果て、どこかで1時間ぐらい横になりたいほどであった。

それにしても、カウンターの中や店の外で来てくれた人たちが楽し気に自分たちの作った酒を飲み、談笑している様子が見えて面白かった。「マジでまたやって欲しい!」と言ってくれる人などもおり、そう言われるともちろん悪い気はしないのであった。

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事前に仕入れた分をほとんど売り切る形で20時に閉店。私たちが用意したオリジナルドリンクと、もともとのお店のメニューとを別々に計算して精算をする必要があったのだが、山琴ヤマコさんがリュックからタブレットを取り出し、エクセル上に事前に組んできたマクロで計算をしてくれた。その様子を見た島風呂隊の松本さんが「ヤマコさん、今後もこのお店をお任せしてもいいですか?」と聞いていて笑った。

片づけが済んだところで、扇湯の入浴券をいただいた。

「世界を割る」第61回

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疲れた体で20度ほどのひんやりした源泉に浸かった気持ち良さが忘れられない。帰りの船から見る夜景も美しかった。

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改めて、当日飲みにきてくれた方々、この連載を読んで「あの割るやつのお店どうですか?」と提案してくれた島風呂隊のみなさん、私の10倍ぐらい働いてくれた山琴ヤマコさんに感謝したい。前回「バーやったらどうですか?」と友人に言われて「ほほう」と思ったと書いたが、今回の経験でよくわかった。

「自分ひとりでは到底無理!」

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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