世界を割る
「世界を割る」第24回

第24回 50円で割る

大阪を歩いていてよく出会うのが「おいなはれ自販機」だ。宝船に乗った七福神のイラストが描かれ、「おいなはれ」と赤い文字で書いてある。ちなみに「おいなはれ」は、「おいでやす」みたいな、「おいでよ」的な意味合いの言葉。この自販機、賞味期限が近いドリンク類を格安価格で販売するもので、売られている飲料の値段はそれぞれ異なっているが、おおよそ50円~80円ぐらいで買える。価格は在庫量と賞味期限までの時間の無さによって違うようで、安いものだと10円20円で売られている時もある。

見たこともないドリンクが並んでいることが多くて楽しいので私は近くに「おいなはれ自販機」があれば必ず立ち寄る。そして一番安いのを買って、たまに「なんだこの変な味!」と後悔したり、「これで30円って安すぎる!もう一本買っておけばよかった」と喜びを噛みしめたりしている。

今回はうちの近所の「おいなはれ自販機」で最低価格で売られていたもので焼酎を割ってみようと思う。何が出るかわからないそのランダム感が楽しいではないか。

自販機の前に立ち、並んでいる商品を見てみる。今一番安く売られているのは50円のドリンク。それが数種類ある。その中から3本選んで購入した。

「BOSS とろけるココア」、「ALOHA MAID Passion&Orange」、「C.C.レモン ホワイト」の3つ。どれも賞味期限が5月。購入したのが5月初旬で、もう賞味期限ギリギリなので安くなっていたのだろう。

「世界を割る」第24回

まず、サントリーの「BOSS とろけるココア」で甲類焼酎を割って飲んだ。これ、缶には「アイス専用」と書いてあるのだが、自販機で買った時は温かかった。なぜだ。今回は氷を入れて冷たくして飲んでみたのだが、あら、旨い。焼酎のコーヒー割りは好きでよく飲んでいるのだが、「ココア割り」は初めての体験だ。しかしこれはかなりいける。甲類焼酎にある特有の甘みと苦味が、ココアの甘みと苦味にカバーされ、ただの美味しい飲み物に! コーヒー焼酎よりも広く愛されそうですらある。そんなことに、50円で気づくことができた。

次は伊藤園の「ALOHA MAID Passion&Orange」。缶の上部には「Taste of Hawaii」という文字が。「ALOHA MAID」はハワイの定番缶ジュースブランドだという。検索してみたら「ハワイに来たらこれだよね!」みたいな感じでインスタグラムに写真をアップしている人もいた。

それが今、目の前にある。50円でハワイ気分とはものすごいお得感だ。で、焼酎を割って飲んでみたのだが、不思議なものでこっちはあんまりな結果に。さっきはココアが甘みと苦味をカバーしてくれたと書いたけど、同じようにパッションフルーツとオレンジの甘みとほろ苦さを持つ飲料ではあるのに、なぜか苦味がやけに強調される。

最後はサントリーの「C.C.レモン ホワイト」。レモン味の炭酸飲料「C.C.レモン」に乳酸菌飲料を足したみたいな飲み物。「甘酸っぱくてさわやかなC.C.レモンに、乳酸菌で発酵したホエイを使用することで、おいしいレモンヨーグルト風味に仕上げました。」と表記されている。「ホエイ」って何だろう、調べてみると「チーズ製造の際の副産物。乳清ともいう」とある。トレーニング後に筋肉の疲労を回復させるのに効果的とかで、アスリートにも注目されているという。酒を飲んでいるだけでグングン賢くなっていく。

しかし残念ながら、焼酎をこれで割ってみるとやっぱり焼酎の持つ苦味がかえって強調され、あまり相性がいいとは言えないようだ。

今回はココア割りが一番で、あとは今一歩の結果となったが、例え失敗しようと1本50円だ。しかも、結果が予想できないドキドキもある。「今日は『おいなはれ自販機』で割ること」というルールを自分に課してランダム割りを楽しんでみて欲しい。

「旬菜 おいなはれ」……白いのれんに小さな文字。静かに引き戸をあけると「あら、いらっしゃいませ」と和装のおかみが微笑む。白木のカウンター、いつものように隅の席に腰かける。常連客に撫でさすられて角がすっかり丸くなったカウンターの手触りが好きで、右手はいつもその上だ。使い込まれたカウンターはなぜかしっとりしている。

ここ最近また生ビールが美味しく感じられるようになったのが、なんだか若返ったようでうれしくて、ジョッキを傾けゴクゴクと喉を鳴らした。お通しの「めかぶとみょうがのポン酢あえ」をつまみながら、「菜の花の天ぷら」を注文し、「飲み物はどうしようかな……日本酒の前にワンクッション、サワーかウーロンハイか……」と迷っていると、それを察したおかみが「たまにはいつもと違う割り方をしてみたらどうです?」と言う。「ああ、うん。なんかあるのかな?」、「今日はねぇ、『BOSS とろけるココア』、それと『ALOHA MAID Passion&Orange』。あと、『C.C.レモン ホワイト』があったかな? その3つですけど、どうなさいます?」、「うーん、どれもどんな味だかもわかんないや、じゃあ、もう、お任せで」。

3分後、カウンターにそっと置かれたのはなんだかどす黒い飲み物だ。「お待ちどうさま。『BOSS とろけるココア』割りです」。

おそるおそる口に含む……「あ、これ、すごいいいよ!うん、いいよ」、「ふふ、いつもは置いてないんですけどね、たまにはこんなのも面白いでしょう?」

そんな情景を思い浮かべながら飲めば、これが50円で売られていたものだなんて、到底信じられない。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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