世界を割る
「世界を割る」第82回

第82回 「百草水」で割る

「世界を割る」第82回

長野県へ行くことになった。以前、Yさんという知人に誘われ、京都の出町柳近くにある「糺の森」を、“森の案内人”という肩書で森をガイドして歩く活動している三浦豊さんに案内してもらいつつ歩いたことがあった。

時代ごとにある程度は人の手で整備されてきながらも太古の原生林としての姿を保っているという「糺の森」の中を、木々それぞれの生態や、その木々がどんなバランスで森を構成しているか、また、そのバランスがこれまでにどう変わってきて、今後どうなっていくと考えられるかなど、じっくりと説明してもらいながら歩く。

3時間ほどかけても全体は到底歩ききれないほど、三浦さんは細かく森を見て歩くのだった(また、糺の森がとんでもなく広いのだ)。普段から緑の多い場に行くのは好きだけど、こんな風に植物をしっかり見ることはないし、それぞれの植物がどう影響しあって森が成り立っているかなど考えたこともなかった。ガイドツアーが終わった後は、木々が今までとは違って見えた気がしたし、それがすごく日差しの強い日だったこともあってか、クラクラした。

で、その時に、参加者の一人だったIさんがスタッフとして関わっている長野県にあるキャンプ施設に「来年みんなで行きましょう!また三浦さんに案内してもらって」と、泊りに行こうという話になったのだった。私も声をかけていただき、先の話だと思っていたらあれよという間にその日が近づいてきて、それで長野県へ向かうことになったのである。

Yさんの運転する車に乗り、大阪から長野へ向かう。大阪から長野はなかなかに遠くて、運転のできない私は後部座席に座っているだけだったけど、途中ご飯を食べたり休憩したりも含め、8時間近くはかかったと思う。

施設内の素敵なコテージに泊ることになっていた私たちはそこに荷物を置き、東京方面から来ていた参加メンバーや施設のスタッフの方々も含めて、10人ほどで集まって、早速、三浦さんに周囲の森を案内してもらうことになった。発酵デザイナーという肩書で、“発酵”につながる食文化や歴史を研究している小倉ヒラクさんも参加メンバーで、三浦さんが森を案内し、小倉さんは森で活動する「カビ」について案内してくれることになった。

その時もだいたい3時間ほどかかって、それでも施設のフィールド内をめぐり切ることはできず、翌朝もツアーしてもらうことになって、そんな風に長く、ゆっくり森を歩いた。

「世界を割る」第82回

メモを取らずに森を見ることに集中しようと(っていうかぼーっとしていようと)思っていたので、そこで聞いた色々な話をここに列記することはできないのだが、森の木々にしてもカビ類にしても、ある一群が勢いを増せばその影響を受けて環境が変化し、その変化を受けて弱まるものもあり、逆にその変化を好機に勢いづく新しいものたちも現れる。

たとえば、近い場所に並んでいる木が2本あったとして、片方が日当たりのいい場所を得てぐんぐん枝葉を伸ばすと、もう一方は日差しを受けにくくなる、だからそっちの枝葉の生育はスローになるが、そのかわり、じわじわと年輪を密にしながら育っていくために、そっちの方が木としては頑丈なものになる。とはいえ、まったく日が当たらなくなってしまえばその木は時間をかけて死に近づいていくしかないのだが、死んだ木を分解するカビや蟻がいて、そこを住みかにしてキノコが生えたりして……と、三浦さんや小倉さんが話してくれたのは、こんな簡単なことではなかったのだが、そんな風に、森の中ではいつもどこかが勢いづいていて、今は劣勢であるとしてもそれが次の何かになっていく。

小倉さんが「森には悲しみがないんだよね」と言って、三浦さんが「森に悪はいないんです」と言っていて、心に残った。

濱口竜介監督の『悪は存在しない』という映画を見て、それがまさに長野の森をロケ地にしたものだったので、「『まさに』って感じ過ぎる!」と、この森歩きの経験もまた、あの映画をゆっくり自分の中で考えていく材料になるなと思った。

その旅の帰り、長野のお土産ショップに立ち寄って色々買ったのだが、ふと「百草水」という商品を見つけて、これはその名の通り、「スギナ」「ウラシロガシ」「ドクダミ」「タラ木葉」「サンショウ」など、聞いたことのあるものからまったく知らないものまで、百種類の植物素材をブレンドしたものらしい。

「これ買ったら『セカヲワ(このコーナーのこと)』書けるだろ」と思って買って帰った。まずはその百草水のパックを1リットルの水に入れて水だししてみる。しばらく待って飲んでみると、なんと、普通に麦茶のような味わいである。飲みやすくて驚いた。

で、この「百草水」、私は長野で買ったけど作っているのは東海フーズという静岡のメーカーで、全国各地で買えるものらしい。特にご当地の何かというわけではなかった。しかし、美味しいのでいい。麦茶のような味だから甲類焼酎をそれで割っても違和感はなく、飲みやすいお茶割りができた。「百草ハイ」なんてメニューが居酒屋にあったら絶対注文してしまうなーって、いつもそんなことばかり書いている気がするが、思った。

ちなみに今回使用した甲類焼酎は、セブンイレブンで買ったアルコール度数20度のものなのだが、これはついおととい、鳥取県米子市に出かけた時に買ったものだ。大阪までの帰りに深夜バスに乗ることになったのだが、「もし眠れなかったらクイッとやろう」と思って買ったのだった。

結果的に、バスに乗った途端に私は寝てしまい、起きたら大阪に着いていて、つまり飲む機会はなかったのだが、バスの座席に身を預ける際、首の下に置いて枕にしたら首が痛くならずに済んでよかった。

長野県で買ってきた「百草水」と、鳥取県で買ってきた甲類焼酎が、今、私の住む大阪で混ざり合い、百草ハイになった。同じように、それぞれの旅先での記憶も私の中で混ざり、いつか何かになっていくのだろうか。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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