世界を割る
「世界を割る」第32回

第32回 缶コーヒーで割る

「世界を割る」第32回

缶コーヒーをみんなどんなタイミングで飲んでいるんだろうか。

私の経験から思い浮かぶのは、以前、会社に勤めていた頃のこと。その時、今はやめたタバコをまだ吸っていたのだが、会社の先輩に「一休みしようか」と誘われて喫煙所に一服しに行き、たまに自販機の缶コーヒーをおごってもらう。無糖か微糖か、とにかく苦いコーヒーを飲みつつ吸うタバコが旨かった。

朝、会社に行くために乗る電車を待つ間に飲むとか、昼休みが終わって「よしこれからもうひと頑張り」という時に飲むとか、その人その人のタイミングがありそうだ。弾みをつけるにせよ、一息つくにせよ、どちらにしても仕事の前後や途中に飲むもの、という気がする。

いや、実際は休みの日の昼下がりに飲んだり、夕飯の後に飲んだり、色々味わい方があるんだろうけど、なんせテレビで目にする缶コーヒーのCMってどれも“働く人”がテーマになっているものばかり。そのイメージがしっかり刷り込まれているのか、缶コーヒー=仕事と私は思ってしまっている。

私は仕事が人一倍嫌いだ。サラリーマンだった頃も、会社で座っている時間が苦痛で仕方なかった。普段ほとんど缶コーヒーを飲まないのは、仕事を連想させるからかもしれない。

今回、その缶コーヒーを久々に買った。焼酎を割るためにだ。コンビニのドリンクコーナーを見ると、こんなに色々あるのかと感心するほど様々な種類のものが売られていた。適当に3つ選んで買う。

それにしてもこの、缶コーヒーの独特のサイズとデザインって不思議だ。今回、キリンビバレッジの「FIRE挽きたて微糖」、UCCの「BLACK無糖」、サントリーの「SEVEN'S BOSS」という3つを買ったのだが、どれも内容量は185g。缶コーヒー、カフェラテ、コーンスープ、あと、缶入りのおしるこぐらいでしか見ない気がする小さなサイズだ。そして缶が頑丈で硬い。UCCの「BLACK無糖」だけは中央を手で掴むとペコペコするぐらいの強度で、缶の表示を見たらアルミ缶だ。あとの二つはスチール缶で、かなりガチガチ。

缶コーヒーと言えばだいたいこのスチール缶が主流で、調べてみるとそれには理由があり、乳脂肪分が加わることの多い缶コーヒーは、高熱・高圧殺菌をする必要が出てくる。で、そのためには強度があるスチール缶が適している。さらに、加熱しやすく保温性が高いという点も、あたたかくして飲まれることの多い缶コーヒーに向いている。

一方のアルミ缶は強度でスチール缶に劣るため、内側から缶に圧をかけて強度をたもってくれる炭酸飲料に向いているとか。だけど、今は缶に飲料を詰める技術が発達して、スチール缶でもアルミ缶でも、どっちじゃなきゃいけないとかあまり関係なくなってきてるらしい。そんなことをザッと調べてザッと学んだ。

「FIRE挽きたて微糖」は、缶に「氷結」みたいな三角形の凹凸があって、「SEVEN'S BOSS」は缶の上部と下部にぐるっと一周するように数本の溝がついている。手でギュッと缶を握った時に、独特の手ごたえを感じるようにそうしているのだろう。飲料メーカー内では、こういう細かい缶の加工について決める会議が何度も行われているんだろうと思うと興味深い。とにかく、別にスチール缶じゃなくたっていいところをわざわざスチール缶にしていて、それに加えて、缶にギザギザをつけたりへこみをつけたりしているってことは、手に持った時の感じが重要だとメーカーが思っているということである。そして缶コーヒーを飲む人も、その感触を魅力のひとつと感じていると思われる。

そうやって工夫して作られている缶コーヒーの缶を無視して中身をグラスにあけ、焼酎を注ぎ足して飲む。仕事ドリンクに酒を混ぜている。バチが当たりそうだが痛快でもある。缶コーヒーよりもプラボトル入りの甲類焼酎の方が背が高い。一列に並べて見ると、焼酎がお父さんで缶コーヒーが3人の子どもたちという感じである。

缶コーヒー3兄弟に対して焼酎父さんが言う。「お前たち3人は揃いも揃っていっつも仕事仕事。仕事のことで言い争ってばっかりだ。父さんは仕事が人生で一番大事なものだとは少しも思わん。肩の力を抜いてみんなで酒を飲んで、仲良くやる、その方が楽しい人生だと父さんは思う。さあ、お前たちに楽しい酒の飲み方というものを教えてやろう。ついてこい!今日は仕事の話は一切ナシだぞー!」と、そんな声が聞こえてきそうである。

焼酎父さんを缶コーヒーの子らで割る。どれも旨い。そもそも私は焼酎のコーヒー割りが好きだ。コーヒーそのものより頻繁に飲んでいる気がする。アルコールの独特のクセがコーヒーの苦味にまぎれ、まったく違和感がない。グイグイ飲める。最高の親子関係。

3人の子たちの中では「FIRE挽きたて微糖」が一番私の口にあった。甘みが強すぎず、ほのかでいい。UCCの「BLACK無糖」はちょっとハード過ぎる印象。夏の暑い時に氷をたくさん入れて焼酎を割るのならスキッとしていいのかも。

仕事を頑張り、その合間に缶コーヒーを飲む。それでも今日はどうしてもやる気が出ない。そんな日は、思い切って缶コーヒーに甲類焼酎を加えてみてはどうだろうか?

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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