世界を割る
「世界を割る」第53回

第53回 すだちと大葉のモヒート風チューハイを飲む

「世界を割る」第53回

久しぶりに淡路島の岩屋に行ってきた。

私の住む大阪方面からJRの東海道・山陽本線新快速に乗って明石駅まで1時間ほど。明石駅から歩いて10分ほどの乗り場からジェノバラインというフェリーに乗ってもう10数分。これで淡路島の北部にある岩屋港までたどり着く。

私はこれまで何度も岩屋へ足を運んでいて、何を目的に来ているかということは過去にいくつかのWEBメディアに書かせてもらった。が、こういうことはきっと何度でも書いておくべきだと思うので、この場でもきちんと説明したい。

私が岩屋に来るきっかけになったのは大阪市此花区の千鳥温泉という銭湯で、その銭湯のオーナー・桂さんが「岩屋の扇湯には絶対に行っておいた方がいいですよ!」と教えてくれたのだった。その扇湯という銭湯がなんとも魅力的らしいのである。銭湯のオーナーでありつつ、大の銭湯マニアでもある桂さんが言うのだから間違いはない。

「いつか行きます!」と言っているうちに月日が流れてしまったのだが、そのうち、その岩屋の扇湯という銭湯のすぐ近くに、お酒を飲んで一休みできるスペースがオープンしたという情報を耳にした。淡路島産のレモンを使った「淡路島ハイボール」というのが看板メニューらしい。

すごくいいらしい銭湯に、酒の要素まで加わった。こうなるとさすがに行くしかなくなって、私はある日、先述の通りのルートで岩屋を目指したのだった。明石港と岩屋港を結ぶジェノバラインの乗船時間は10分ちょっとだが、それでも、見渡す限り広がる海を見て、風に吹かれながら明石海峡大橋をくぐる喜びには計り知れないものがある。

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そしてまた、着いた先の岩屋の町がなんともいいのだ。まず、フェリーの発着所のすぐ目の前にある「岩屋ポートビル」に立ち寄る。淡路島産の玉ねぎとか、トマトとか、地の野菜が安く売られているのでそれを買い、歩いてすぐの岩屋商店街へ。

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漁港の小さな商店街といった風情で、一時期は次々と老舗の商店が閉まって寂しくなりつつあった通りだが、最近では若い方がここにお店を開く流れが徐々に生まれている。

その商店街の中ほどに扇湯という銭湯がある。

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そして、酒が飲めるスペースがそのはす向かいにあった。

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ここでいきなり時間が先に進むのだが、実はこのスペースは今はもう無い。2020年末をもって終了してしまったのだ。もともと廃湯寸前だった扇湯を存続させるべく、銭湯のメンテナンス等をサポートしていた松本康治さんという方がいて、その方が中心となり、銭湯自体の支援に加え、近くにお酒を飲める場所を作り、商店街の飲食店で買ったものなら持ち込みもありにして、そうやって岩屋商店街全体を盛り上げようという活動の一貫として開かれていた場なのだった。

(そこら辺の事情はこの記事に詳しくまとめたので、ちょっと古い記事ですがよかったらどうぞ)

扇湯をサポートしているのも、飲みスペースを開いているのも、みな有志の方々である。「そりゃあいつまでも当たり前のように続くっていうことはないよな」と、残念に思いつつも、半分は仕方のないことだと私は感じていた。

しかしである。

松本康治さんをはじめ、「島風呂隊」という、扇湯と岩屋の商店街を盛り上げるべく活動しているチームのみなさんによって、2021年4月、扇湯が大きく改装され、なんと銭湯の脇に「ふろやのよこっちょ」という名の立ち飲みスペースがオープンしたのだ。

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かつて銭湯の脇でソフトクリーム等を販売していたスペースがあって、それがいつしか物置同然となってしまっていたところに手を入れ、このような場ができあがったのだという。これが別に大きな資本あってのことではなく、扇湯と岩屋の町が好きだという人々の手によって成し遂げられたということが本当にすごい。というか、普通に考えて、銭湯の脇に立ち飲みスペースがあるなんて、夢のようじゃないか。こんな場所、なかなか無いと思うのだ。

その「ふろやのよこっちょ」もまた基本的には有志のメンバーによって運営されているため、営業は土日のみに限られていた。それが2021年10月から月に数回、平日にもオープンすることになったという。

それがまた不思議な縁で、神戸の塩屋にある旧グッゲンハイム邸のスタッフでSSKさんという方がいて、旧グッゲンハイム邸でフードやドリンクを提供したりしている食通・酒通なのだが、その方が「ふろやのよこっちょ」をふらっと訪れ、この場所に惚れこんで平日営業をすることになったという。

……もしかしてさっきから、「なんだかややこしくてわかんない話だ」と感じていらっしゃる方がいるかもしれない。私も書いていて「ややこしいな」と思っていた。

とりあえず憶えておいて欲しいのは「淡路島の岩屋というところに来たらいい銭湯といい立ち飲みがある」ということだ。「その立ち飲み屋は基本週末、たまに平日もやってるらしい」というところまで憶えておいていただけたらもうそれで十分だ。

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とにかくSSKさんによって平日営業が開始されると聞き、それで私はまた岩屋にやってきたのであった。「ふろやのよこっちょ」というスペースにSSKさんの屋号である「SSK軒」が間借りして営業しているようなイメージだろうか。SSKさん考案によるドリンクメニューも用意されていて、その一つが「徳島産スダチと旧G邸産大葉のモヒート風チューハイ」というものだった。

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徳島産のスダチ、そして旧グッゲンハイム邸で栽培されたという大葉がたっぷり入ったチューハイである。焼酎はキンミヤを使っているとのこと。これがもう、すっきりした味わいでめちゃくちゃ好みの味であった。中身を飲んだら、割安価格で同じグラスにそのままチューハイを足してくれてサービスも満点。

SSKさんがセレクトしたBGMが静かに店内に響き、店の外を地元の方がゆっくり歩いて行き、たまに誰か飲みに来て、意外な出会いがあったりする。

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こんな素晴らしい場所、私は他にあまり比べるものを知らない。そりゃあ、町で飲むより時間もお金もかかる。「そんな遠いところまで行くの面倒!」と感じる方もいるかもしれない。しかし、美味しい酒を飲みに行こうと遠くへ出かける時は、たどり着くまでの道のりがもうすでに美味しい酒のようなものなのだ。その酒は町で飲むものよりもずっと余韻が深く、日々を支えてくれるのだ。

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ここまでまったく扇湯自体について触れてなかったが、扇湯も本当に素晴らしい。有志の方々の改修によって源泉の浴槽ができたり、各地の物産を販売するロビースペースができたりして、かつてよりもますます良くなっているのでぜひ入りに来て欲しい。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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