東京へ行ってきたという優しい人が、おみやげにとゼリーをくれた。白くて四角い紙パックに入ったもの(日本酒「鬼ころし」の紙パックをもっと小ぶりにしたようなサイズ)で、側面に「体力」という文字がデザインしてある。ゼリーと言っても、ストローがついていて、それをパックに差し込んで飲めるようになっている。
これは東京大学が開発したもので、アミノ酸を効率的に摂取できるように成分バランスが整えてあるらしい。今、東大のオンライン販売サイトを見たら「約100年におよぶアミノ酸研究がカタチになりました」とある。気合を入れて開発されたゼリーのようだ。
いくつかいただいたので、まずは普通に飲むゼリーとして、ストローを差して味わう。リンゴ味の美味しいゼリーである。「疲労がシャキーンと回復した!」とかそんな風にいきなり効果が実感できたわけではないが、「体に必要な成分を摂取できたらしいぞ」という気分のよさは、少なくともあった。
「凍らせて食べてもいいんだって」と聞いたので、数個は家の冷凍庫に入れておいた。で、今、私はその凍らせてあった「体力式アミノ酸ゼリー」の中身をグラスにポコンと入れ、その上からチューハイを注いでみている。紙パックの上部をハサミで切ってグラスに入れただけだから、パックに入っていたままの直方体で、それを氷として活用するにはスプーンで少し崩してやるのがよさそうだった。
しばらくおいてかき混ぜて飲んでみると、おお、冷たくて、ゼリーのぷるんとした食感も残っていて、チューハイのもともとの味にリンゴのテイストも加わって非常にいい。しかもこれが私の体力を回復させてくれるのである。きっと。
これを書いているのは7月初旬である。しかし、私のいる大阪でも東京でも、最高気温が30度を超える日がもう続いている。私は暑さに弱いので、夏バテを先取りしたかのように早くもへばっていて、おみやげをくれた優しい人はきっと私のそんな様子を見てこのゼリーを選んでくれたに違いない。
20代の中頃、大きく体調を崩したことがあった。食欲はあるのだが、しっかり食べているのにどんどん痩せて、「なんだこれは」と思っていくつかの病院を回った結果、最終的に甲状腺疾患だということがわかった。
甲状腺は首の付け根あたりにある器官で、新陳代謝をコントロールしているらしい。それがなんらかの原因によってバランスを崩してしまったようだった。甲状腺の機能が低下する方と逆に活発になり過ぎる方、大きく分けたら二つの方向性があって、どっちも過度になれば病気なのだが、私は活発になり過ぎる方だった。
なので、何を食べても飲んでも汗だのなんだのとしてすぐに出ていってしまい、代謝だけでとにかく体力を使いまくって消耗し、痩せていたらしかった。そういう症状がある人は特に夏に弱い。過剰な速度で体内の水分やエネルギーを使ってしまうのだ。私も実際そうで、一番具合の悪かった夏は、当時の住まいから最寄り駅までの5分ほどの距離でも一度で歩き切ることができず、何度か道端に座り込んで休まなければならなかった。
ここから急に時間を未来にすっ飛ばすと、病院に通って薬を飲み続けた結果、私は数年後、元通りに回復した。薬の量を減らし、だんだんと間をおいて診断を受けるようになっていた病院でも、ある時「この調子なら薬をやめて生活しても大丈夫でしょう」と言われた。それからも数年に一度念のため診察を受けてはいるが、特に甲状腺関連の数値が悪くなっていることもないようだ。
だが、そうやって普通に生活できるようになってからも、暑さには相変わらず弱い。物理的に弱いというのもあるし、あの具合の悪かった時の辛い記憶が脳裏によみがえってくるような気もして、気分的に息苦しくなるというのもある。
その頃のことで今でもふと思い出すのは、一番体調が悪くて痩せ果てていた時、よく身の回りに偶然が起きたということだ。たとえば池田さんという人のことを考えていたらすぐ目の前に「池田」という表札のかかった家がある、とか、滅多に合わない友人になぜか立て続けにばったり会うとか、まあ、ささいなことだったが。
私はスピリチュアルな世界のあれこれを常に警戒しているので、「健康を害して死に近づいている人には不思議なパワーが宿るのです」とか言いたいわけでは全然なく、「弱っていると感覚が妙な方向に繊細になる」ということだったのではないかと思っている。その分、健常時なら気付けるはずのことに鈍感だったりもしたのだろう。弱っている時は、普段とは違うことに目が向くようになり、それによって初めて気づけることもあった。
地下鉄の車内に立っていて、「自分がこんなに疲れているのに、なんであんな元気そうな人が2人分のスペースを占拠してるんだろう」と思ってめちゃくちゃ腹が立ったこともある。もちろん、頭の中でイライラしただけだったけど、自分が弱い時は世の中に冷たく跳ね除けられる感覚が常にあった。なるほど、今の自分のように、立っていられないほど疲労している人が、今まで自分が乗ってきた電車にもいたのだとも思った。
今でもその頃のことを思い出し、少なくともこの電車の、この一車両の中で、一番優しい人であれるようにしよう、実際にそれが無理でも、そうありたいと目指すことだけはしようと思うようになった。暑い季節は特にその気持ちが強くなる。
(X/tumblr)
1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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