世界を割る
「世界を割る」第48回

第48回 セブンイレブンの飲み物で割る

「世界を割る」第48回

雨の休日。どうせ遠くに出かけることはできなかったし、晴れていたところで近所の川べりで時間を潰すだけだっただろうから天気を恨む気にはならない。こもって過ごそう。ただ、家の中のお酒をあらかた飲み尽くしてしまっていたので補充しておきたい。

傘をさして近所のコンビニへ。こういう、「これから絶対に濡れる」ということがわかっている時、どんな格好をして出るべきなんだろうか。ランニングと短パンで出て行って、帰ってくるなり脱いで洗濯機に投げ入れるようなことができたらいいのだろうけど、肌を外気にさらしたらまだまだ寒さを感じる季節だし、雨で濡れたところに強い風が吹いてきたりしたら一気に具合が悪くなるぐらいに自分はそもそも貧弱なのだ。

だから結局寝巻きのままで外に出る。ズボンの裾をぐるぐるとまくり上げ、濡れてもいいサンダルを履いて出る。このサンダルは底が完全にツルツルなので雨の日はスノーボードみたいに滑る。足をスライドさせず、真上から地面に置いていくようにして慎重に歩かねばならない。

そうやってたどり着くのがセブンイレブンだ。私の家から一番近いコンビニだ。もう少し歩けばローソンがある。また、今来たセブンイレブンと反対方向に歩き、大通りを渡った先にも別のセブンイレブンがある。この二つのセブンイレブンのうち、どちらに行ってもそれほどかかる時間は変わらないのだが、どっちへ行くかはいつも決まっている。同じぐらいの距離にあってほぼ同じ物を売っているコンビニでも、足が向く方と向かない方があるというのは不思議だ。なぜ私はいつもこっちにばかり来るんだろうか。おそらくコンビニそのもののせいではなく、そこへ向かう道の開放感などが気持ちに作用しているのだろうと思われる。

なんとなく足が向かう道というのはよくある。私がいつも買い出しに行くスーパーまでの道でも、行き方はそれこそ何十通りもありそうなのに、だいたいコースが決まってくる。車があまり通らないとか、その割に道幅が広いとか、道沿いに並ぶ家々がなんとなくいい雰囲気だとか、そういう事柄が複雑に絡みあって自分の好きなコースを形作っているんだろう。「この場所、コロコロ店変わるよね。この前いきなりできたステーキ屋もいきなり潰れたし」みたいな場所があるけど、あれもそういう、人の足が向かない(とか目に留まりにくい)ことによって生まれるものなのかもしれない。

さて、いつものセブンイレブンに来た。入口の消毒剤のボトルをプッシュして、今日は色々買う予定だからプラスチックカゴを手に取る。以前、それは近所ではなく、ふらっと入った遠い地のコンビニでのことなのだが、入口にあったボトルをプッシュしたらジェルタイプのぬるぬるの方で、あのぬるぬるタイプのやつは嫌いという意見を結構あちこちで耳にするのだが、私は嫌いではない。が、そんな私でも「これはちょっと、何?」と思うほどにぬるぬるで、ぬるぬるのタイプって速乾性が高くて、手を振っていたらすぐサラサラになったりするけど、この時のやつはぬるぬるからベタベタに変化し、手と手を合わせるとピッタリひっついて結構強く引っ張らないと離れないほどで笑った。「糊かよ」と思った。店先に置かれた液体やゲル状のものを、中身もよく確かめずにとりあえず手にこすりつけるということは、よく考えると向こう見ずな行為に思える。

もしかしたらただの水かもしれないし、水ならまだいいけど、糊かもしれない。しかしそのベタベタの消毒ジェル(「これはどこで買えるのですか?」と思わず店員にたずねたくなったほどだ)を手にこすりつけたあと、右手の親指と中指を使ってパッチンと鳴らしてみたら、かつてないほどいい音が出た。あれは得をした。

セブンイレブン店内の、ドリンク類の並ぶ冷蔵棚の中から、セブンイレブンのプライベートブランドの飲料を3つ、手に取った。普段あまり買わないものを、今日は買ってみることにした。

そしてこれも同じように「SEVEN&i PREMIUM」と、プライベートブランドの品であることを示すマークのついたプラボトル入りの甲類焼酎を2本カゴに入れた。

家に戻り、少しだけ濡れた寝巻きを洗濯機に入れ、そのままその勢いで熱いシャワーを浴び、ヒゲを剃った。さっぱりした気分で、新しい寝巻きに着替える。氷を入れたグラスにさっき買った甲類焼酎を注ぎ、さっき買った「ZERO kcal FIBER」という炭酸飲料を注いだ。そしてゴクゴクと、かなりの勢いで飲んだ。

これは相当うまい。「ZERO kcal FIBER」を飲んだことがない方にその味を伝えようとするなら「ファイブミニの味です」と言うことになる。それ以外思いつかない。「ファイブミニ」が私は大好きだ。調べてみると、製品の公式ページに「女性も手に取りやすいものを目指し、味、量、デザインなど試行錯誤を繰り返した結果、1988年にオシャレな小瓶の食物センイ飲料ファイブミニが誕生しました」と記載されている。私は1979年生まれなので、9歳とか10歳とか、その辺りの頃に「ファイブミニ」を初めて、当時は東京に住んでいたので、東京のコンビニで目にしたのだと思う。

ガラスの小瓶に入って、オレンジ色で、それはそれは新鮮に見えたものだ。小遣いで買って飲んで、その味わいがまた大人っぽく思えて、すぐ虜になった。今思えば子どもなんだからできるだけ量の多いジュースを買った方が絶対いいのに、私は「ファイブミニ」ばかり買っていた。あと「オリゴCC」という、カルピス株式会社から発売された、やはりガラス小瓶入りの炭酸飲料も大好きだった(しかし調べてみると「オリゴCC」は1994年に発売されたという記事が見つかった。時間にだいぶ開きがあるな)。「ファイブミニ」や「オリゴCC」をちびちび飲みながら、子ども向けのミニカップ麺「ケンちゃんラーメン」をお湯でふやかさずにバリバリとそのままかじるのが私の一番好きな組み合わせだった。健康炭酸飲料を飲みながら、いかにも化学調味料的な旨さのインスタント麺を丸かじり。めちゃくちゃである。

そんなことを思い出しながら「ファイブミニ割り」ならぬ「ZERO kcal FIBER割り」を飲んだ。今日はもうこれで満足だ。これは本当に美味しい。焼酎感が不思議に消えてしまう。普段「ファイブミニ」を飲んでいて「これ、もっとグビグビ飲みたいんだよな。というか、焼酎も足したいぐらいなんだよ」と思っている方がいたらセブンイレブンに足を運んでみて欲しい。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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