世界を割る
「世界を割る」第23回

第23回 九州の水で割る

「世界を割る」第23回

この連載の前々回、熊本旅行で立ち寄ったDIY温泉施設「湯の屋台村」の温泉水で焼酎を割って飲んだ時のことを書いた。まるでダシのような旨みすら感じる水で、それで割ることにより、焼酎の香りが引き出されるように味が変わるのだった。

ペットボトルにもらって帰ってきた温泉水はすぐに無くなってしまい、それ以来、「あの水どこかで売ってりゃいいのになー」と思って過ごしていた。そんな気分で近所のスーパーの店内をウロウロしていたら、水のコーナーに温泉水が並んでいるではないか!しかも何種類かある。値段を見たら、高いやつは1本260円もする。でもここに平然と並んでいるってことはこれを買う人がある程度はいるっていうことじゃないのか。

つい先日まで、1週間ほど東京に滞在していた。久々の東京だったので、ここぞとばかりに連日飲みの予定を立て、飲んで飲んでを繰り返していたら週の半ばでいきなり具合が悪くなった。どうやら酒の疲労が蓄積し、回復しきる前にまた飲んで、みたいな感じでいたのが祟ったようだった。一度そういう状態になってしまうと、頭では「もうそろそろビールぐらい飲めるだろ」と思っても全然体がついて行かず、1杯飲んだだけで疲れ果ててしまう。

こんな今こそ温泉水を体にとりいれたい。なんか体の中を綺麗にしてくれそうだし、多少高かろうと買うぞ。早速スーパーで3種類の水を買ってきた。エスオーシー株式会社の「温泉水99」、株式会社霧島湧水の「飲む別府温泉」、株式会社日田天領水の「日田天領水」だ。

いつも飲んでいるセブンイレブンの甲類焼酎をこれらの水で割ってみようではないか。まずは、エスオーシー株式会社の「温泉水99」から試してみる。そのまま飲むとビリビリくるような焼酎の味が、なんだかやわらかくなったような気がする。水だけ飲んでみると、口の中になめらかな感触が広がるような。気のせいだろうか。ボトルに貼られたラベルに「鹿児島桜島の麓にある垂水温泉の地下750mから47℃で湧出する貴重な天然の飲めるアルカリ温泉水です」と書いてある。さらに「軟水なので焼酎、ウイスキーの水割りがたいへんおいしくなります」との記載もあり、これはもう、まさに割るために生まれた水。

いや、正直、焼酎を水道水で割ったものと、この「温泉水99」で割ったものをシャッフルして味だけで当てろと言われたら無理だろう。私は繊細な味覚を持ち合わせていないのだ。でも、そういうことは今はどうでもいい。「食材によく浸透して旨味成分等を引き出します」「ご飯はふっくら炊け、古米でもたいへんおいしくなります」などなどの、このラベルに色々書いてある文章がたまらないじゃないか。この文字列がなにより美味。

さて、次は株式会社霧島湧水の「飲む別府温泉」だ。ラベルの一面は「888」みたいな図形が並んでいるだけ。見るからに“ご利益”という感じだ。この図形がすでに旨い。こっちは商品名の通り大分県別府市の温泉水らしい。「美と健康のSPA RETREAT『Benefit for you』に湧き出る天然温泉水をボトリング」と書いてある。いいのだ。何言ってるのかわからなくても、そのわからなさが美味。これで焼酎を割ってみたところ、さっきよりもさらにやわらかな風味になったような……。「いや、わかんない!全然わかんない!」「そんなことない!少しほら、後味変わった気がしない?」「そうかな?わかんないけど」みたいに自分と自分のケンカが始まる始末。ちなみにこの水が260円で今回最高額のものだ。値段がすでに美味。

最後に株式会社日田天領水の「日田天領水」。買ってから気づいたのだが、これは温泉水じゃない。「深井戸水」と書いてある。大分県日田市で採水したと書いてある。「日田天領水は天然活性水素水とも呼ばれ、多くの方に愛飲されている弱アルカリ性のミネラルウオーターです」とのこと。ラベルには目立つ色使いで「モンドセレクション最高金賞10年受賞」と書いてある。「モンドセレクション」ってたまに目にするけどなんなんだ!でもこの文字列が旨いんだよな。「モンド」ってとこがフランスあたりの何か確かなもの、って感じで。もしかしたら自分が普段食べているカップ麺などにも、嘘でもいいから「モンドセレクション最高金賞受賞」ってシールを貼ったら、いつもより美味しいかもしれん。

さて、これで割ってみたところ、先に試した二つよりはなめらか感が薄いように感じた。少しキリッとした後味に感じる。「ほんとかよ?」「わからん。なんとなくだよ」「俺はそうは思わないけどね」とまた自分がケンカする。

とにかく、なんだか元気が出てきたような気分ではある。でも今回試したどの商品も、やっぱり熊本の温泉で直接汲んで飲んだあの水にはかなわない気がした。やっぱり温泉水は現地でグビグビ飲むに限るよな。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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