世界を割る
「世界を割る」第51回

第51回 またしても豆乳で割る

「世界を割る」第51回

当連載の第47回で、神戸市灘区「佐藤とうふ店」の豆乳が好きだと書いた。あれからも何度か「佐藤とうふ店」の豆乳を飲み、そのたびに「やっぱりこれだわ」と感じている。

しかし、甲類焼酎を豆乳で割る、いわゆる「豆乳割り」をする上ではこっちの方がいいんじゃないか、と思う豆乳に私は出会った。今回はその豆乳を紹介させていただきたい。

先日、所用があって東京へ行った。五輪開催中の東京は新型コロナウイルスの感染者数もグングン増えていて不安もあったが(いや、私の住む大阪も状況は変わらないのだが)、ようやくワクチンの接種も2回目が終わったこともあり、そろりそろりの気持ちで行ってきた。

用事はあらかた済み、ふと空いた時間に「あ、今なら行ける」と思ったのが神田の「越後屋」という老舗豆腐店である。「越後屋」は明治時代の創業で、私が以前読んだ本にその店のことが出てきて、搾りたての豆乳がすごく美味しいと紹介されていた。朝のうちにお店に行くと「モーニング豆乳」というものが販売されていて、できたてゆえにまだ温かいらしく、それがたまらなく美味しいのだとか。

私がその店に向かおうと思ったのはすでにお昼時だったので「モーニング豆乳」には間に合いそうになかったが、通常の豆乳なら買えそうである。調べてみると私がその時にいた場所から20分ほどで行けることがわかった。この機会に東京の老舗の豆乳を味わっておけば、今後、私の豆乳活動に幅も出ることであろう。少し歩くと汗が止まらなくなるようなとんでもない暑さだったが、老舗の豆乳を目指して進むことにした。

ナビを頼りにたどり着くと、よし、確かにここで間違いないようだ。読んだ本には店の看板の「越後屋」の「越」と「屋」の字が東日本大震災の時に落っこちてしまい「後」の一文字だけになっていると書かれていたが、「越後屋」の三文字がちゃんと揃っている。最近になって修繕されたんだろうか。

「世界を割る」第51回

店内へ入り声をかけると店主が出てこられ、豆乳が欲しいと伝えると飲み切りサイズのカップ入りが110円、1リットルのペットボトル入りが700円だと教えてくれた。それぞれ一つずつ買わせてもらう。「冷蔵庫に入れれば一日もつけど、そうじゃないとすぐダメになるからね」と注意を添えてくれた。豆乳とはつくづく繊細な飲み物である。

豆乳が入ったビニール袋をぶら下げ、できる限り日陰を歩き、速やかに地下鉄駅へと通じる階段を下りて実家に戻った。私の父は「ああ、すごい老舗だろ。よくテレビなんか出て有名な店なんだよ」と「越後屋」のことを知っていて、母も「ちょっと一口だけ飲ませてもらおうかな」と言う。グラスにペットボトル入りの豆乳を注いで二人に差し出すと、父はゴクゴク飲んで「ああ、これはなかなかだ。後から甘みがくるよ」と言い、母は一口飲んで「お母さんはやっぱり、豆乳が苦手なんだよね」と残念そうに言った。

両極端な評価を前に私も一杯飲んでみる。うまい。父が言う通り、豆の自然な甘みが感じられる。風味は濃厚だが、母が苦手に思うのが不思議なほどに後味はあっさりしている。私が好きでよく飲んでいる「佐藤とうふ店」の豆乳の後味はグッとコクがある感じ(だったと思う……)で、そこに違いがあるように思った。

で、あらかじめコンビニで買ってあった甲類焼酎をグラスに少し、「越後屋」の豆乳をたっぷり注ぎ入れて割ってみたところ、これが素晴らしい相性のよさだったのである。あっさりした豆乳の後味に甲類焼酎が適度な重たさを与え、その相互のバランスによって文句なしの一杯が成り立っている感じ。「なるほど、この豆乳だからこその味わいなんだ。この軽み、洒脱な感じ、これが江戸!これが江戸っ子の味だ!」と私は静かに興奮した。

1リットル入りのペットボトルに、まだまだたっぷりと豆乳が残っている。父は「俺はもう十分」と言い、母は「私ももう大丈夫」と言う。残りはそのまま大阪に持って帰ることにした。「越後屋」の店主が「すぐ冷蔵庫に入れてね」と言っていたぐらいだから、移動中にかなり鮮度が落ちてしまうことは間違いなかったが、保冷バッグに入れて速やかに持ち帰るのであればなんとかなるのではないかと思った。

そこで保冷材のかわりにしたのが「福しん」の冷凍ラーメンであった。私は今回の短い滞在期間の中で、久々に「福しん」に寄って食事をした。「福しん」は西武線沿線に多数の店舗を構える中華チェーンで、かつて私が住んでいた豊島区・千川の駅前にもあって頻繁に通っていた。が、東京を離れて大阪に引っ越してしまうと、たまに東京に行って食べるものとなると自分にとって欠かせないラーメンとか、ずっと行ってみたかった古い定食屋などを選ぶことになり、なかなか「福しん」へ行くチャンスがなかった。

それが今回はふいに実現し、大好きな「もやしラーメン」を食べて「うお!これだ!」と大変懐かしく、嬉しく思ったのだが、それはそうと、店の横に「福しん」のラーメンや餃子、チャーシューなどを売る自販機があって驚いた。正確にはそういうものができたらしいとぼんやり聞いたことはあったのだが、何の気なしに出くわすようなものだとは思わなかったのだ。

醤油ラーメンと味噌ラーメンが2食ずつ、合わせて4食分入った冷凍パックがなんと400円だという。後先考えずに買ってしまい、実家の冷凍庫に押し込んでおいた。その冷凍ラーメンがまさか「越後屋」の豆乳の保冷材として役立つことになろうとは。

東京から新大阪駅まで2時間半ちょっと。棚に上げた保冷バッグの中では、私が大好きな「福しん」のラーメンと、東京の老舗の美味しい豆乳とが奇跡の出会いを果たしている。私一人だけがそれを知っていて、新幹線はとんでもない速さで大阪へと向かうのだった。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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