世界を割る
「世界を割る」第69回

第69回 クロモジで割る(仕込み編)

「世界を割る」第69回

久々に山形に行く用事ができて、親戚の家の近くにある山菜などを売る直売所で「クロモジ茶」を買った。クロモジの葉っぱがティーパックに入ったものが何包かセットになっていて、そこに添えられていた紙にこんな説明書きがある。

『クロモジ(黒文字)』クスノキ科の落葉低木で枝や葉に爽やかな香りを持ち、枝は高級楊枝の材料となる。枝と葉は薬効(保温、健胃)があり、クロモジ茶やクロモジ酒、入浴剤として利用される。

クロモジ酒……そうだよな。茶葉を焼酎に漬け込めばそのお茶の味の焼酎ができるんだから、クロモジで作ったっていいわけだ。そう思い、今回、それを作って飲もうと思ったのだが、事前にネットで調べたところによると焼酎に漬けてしっかり味を出すには最低でも一週間ほどかかるらしい。本来の締め切りもだいぶ過ぎてしまっているので今回は「仕込み編」として、次回、完成したクロモジ焼酎を水で割って飲んでみたいと思う。

ちなみに、クロモジ茶が売られていた直売所にはこんな風にたくさんの山菜が並んでいて、どれをどう調理したら美味しいのか私は全然詳しくないのだが、色々欲しくなった。

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さて、コンビニで買ってきたプラボトル入り甲類焼酎にティーパックを入れ、それだけで仕込みは終わってしまった。せっかくなので短い山形滞在を振り返ってみる。今回、急な訪問を受け入れてくれた親戚が、天気のいい昼間に庭先で芋煮を作ろうと提案してくれた。

芋煮と言えば山形名物。私としては「いもこ汁」という呼び名の方が親しみがあるのだが、里芋をはじめとした具材が色々入った、醤油ベースの甘じょっぱい汁物である。山形に行くたびに親戚が「いもこ汁」を作ってくれて、私は子どもの頃からそれが大好きである。

山形では里芋の旬である秋口に「芋煮会」といって、屋外でみんなで芋煮を作って食べる、いわばバーベキューの山形バージョンみたいな行為をするのが恒例だという。私はそれをずっと前から知っていて憧れていたのだが、なかなかその季節に山形に行くことができず、また、たとえ行けたとしても親戚に大掛かりな準備をしてもらうのも悪いし、と、生まれてこの方、芋煮会を経験したことがなかった。

それが今回、思いがけず実現することになった。鍋や具材も親戚が用意してくれていて、私がやることといったら、薪をくべて火の加減をすることだけだった。親戚が「同じのがいっぱいあるから持っていけ」とくれた「JAやまがた」の帽子をかぶり、鍋の前にしゃがみ込む。

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薪も親戚が準備してくれているから、火を絶やさぬように、かといって炊き過ぎぬようにじっと見て、たまにトングで動かしてみたりする。キャンプをする人が焚き火を楽しむように、揺れる炎を見ているだけで楽しすぎる。

用意された薪(というか木の切れ端)の中に、どう見ても古いバットの一部があって、「これ、バット?」と聞いてみると、「んだ。物置にあったんだ」と言う。私の三歳上のいとこが子どもの頃に使っていたものらしい。そのバットが、時を超えて今、芋を煮るために使われる……なんだかそれはすごいことのように思えた。芋煮というか、これはもはや「バット煮」と呼んでもいい料理かもしれない。

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鍋の中の水が沸騰したところで、親戚が豪快に味付けしていく。「いもこ汁」を作るのには絶対に欠かせないというだし醤油「味マルジュウ」をドボドボ、日本酒めっちゃドボドボ。「悪戸(あくど)芋」という、この辺りでとれる、「幻の里芋」とも呼ばれる芋を入れ、ムキタケというキノコを入れ、みたいに具材をどんどん追加していく。

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タイミングを見て、ごぼう、ネギ、こんにゃく、牛肉なども投入。じっくり煮込んでいく。途中、私が薪の調整を誤って鍋を煮立て過ぎたりもしたが、「まあ、なんとかなる」と親戚がフォローしてくれて、どうやらいい感じにできあがったらしい。

改めて蓋をあけると、めちゃくちゃ美味しそうな「いもこ汁」がそこにあった。

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皿に盛って早速食べてみる……。うま!うまい!

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味のしっかり染みた里芋の柔らかいことよ。今回使った芋は前年に採れたのを真空パックにしたものだったけど、掘りたての芋で作ったらさらに美味しいんだという。それはもう、想像できないレベルだな!牛肉から出たと思われるどっしりした旨味。キノコやごぼうもいい仕事をしているぞ。

今までだって「いもこ汁」が好きで食べてきたけど、こうやってみんなでじっくり時間をかけて作り、できたてを野外で食べることで美味しさがグッと増すことがわかった。これは楽しいわ……。山形のみんながやっている芋煮会では、ここに締めのうどんを入れたり、最終的にはカレーの固形ルーを入れて味変したりもすると聞く。そりゃあ、最高だろうな。

こうして予想外のタイミングで芋煮を経験したことにより、山形の馬見ヶ崎川という川のほとりでやるのが定番だという秋の芋煮会への憧れがさらに増す結果となった。いつか必ずや!

と、そんな山形から持ち帰ったクロモジが今、焼酎の中に味わいを少しずつ染み渡らせているところだ。次回、いよいよそれを割って飲みます!

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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