世界を割る
「世界を割る」第58回

第58回 IKEAで割る

「世界を割る」第58回

用があって「IKEA」に行った。あのスウェーデンから来た家具や雑貨の大型ストアの、だ。

用があったと言っても何か買いたいものがあったわけではなく、まさにただ、IKEAに行くためにIKEAに行ったというか、IKEAがある周辺を歩いてまわるためにそこに向かったのだった。

だからIKEAでしなくてはならないことは特になくて、最寄りの駅前からIKEAまで向かうバスに乗ってここまで来たら、あとは歩き始めればいいのだった。しかし、さすがにそれだけでは味気ない。「せっかくIKEAまで来たのだから」という気持ちも自分にはあり、店内に併設されたレストランで食事をしてくことにした。

IKEAのレストランを利用するのは二回目だった。レストランスペースはすごく広くて多くの人で賑わっていて、圧倒された。「先にお席をお取りください」というようなことを書いた案内板が置かれていたので、それに従い、広くてたくさんの席がある中で、できるだけ窓から外の景色がよく見える場所を選んでリュックを置く。

そこからが少し緊張する。どのようにして料理を注文すればいいのだろう。初めて来たのがだいぶ前だったから、まったくルールを憶えていない。車輪がついていて、お盆を乗せられるような形になったもの(「カート」と呼んでいいのだろうか)を一人一つ、それが置かれている場所から取る必要があるようだ。他の人の動きを見ていてなんとなくそれがわかった。

最初に私がカートを取ったのは使用済みのものが置かれる場所だったようで、できるだけその失敗に気づいたことを表情に出さぬよう気をつけながら、そっと元に戻した。そして今度こそ、新しいカートが置かれた場所から一台に手をかけ、ガラガラと押して行った。

床に順路を示した矢印があるのを頼りに進んでいくと、列の最後尾にたどり着いた。ここに並んでいればひとまず間違いはないようなので安心した。最初はケーキのコーナーで、私の前の人も、その前の前の人もケーキをいくつも取ってお盆に乗せている。私はケーキは食べたくなかったが、何か取らないといけないような気がして、IKEAのオリジナル商品らしいドリンクを手に取った。別に飲みたいわけではなかったが、お盆に何も乗せていないくせにカートを押しているなんて、恥ずかしい。

「オーガニックジンジャーエール」というのと「スウェーディシュフェスティバルドリンク」というのを取り、お盆に乗せる。2本のドリンクを乗せた状態で、グリーンサラダと、他の人のマネをして注文した「プラントカレー」というのを(植物性の材料だけを使ったカレーらしかった)さらにお盆に乗せ、レジ前にあった瓶入りのビールも取って、それでレジに向かう。

会計を済ませ、自分がさっきリュックを置いて確保しておいた座席までカートを押していくわけだが、その場所まではかなり遠く、私はお盆の上に3本ものドリンクを乗せている。これらのドリンクを倒さずに慎重に運んでいく必要がある。レストラン内はたくさんの人が行き交っており、私が進もうとする正面からこっちへとカートを押しながら向かってくる人もいる。そしてその人の背後からいきなり、かなりのスピードで子どもが飛び出してきたりもする。

ヒヤヒヤしながらカートを押す。他の人はすごく色々お盆に乗せているというのに、自分ときたらカレーとサラダと、飲み物3本。バランスが変過ぎる。どんどん恥ずかしくなってくる。ようやく席まで着いた。

グラスにビールを注いで急いで飲む。うまい。カレーを食べる。辛くてうまい。サラダもうまい。さて、あとは「オーガニックジンジャーエール」と「スウェーディシュフェスティバルドリンク」である。私はリュックの中から事前に買っておいた甲類焼酎を取り出し……などということはしない。リュックの両サイドについたポケットに入れ、持ち帰ることにした。

翌日、私は冷蔵庫の中から「オーガニックジンジャーエール」と「スウェーディシュフェスティバルドリンク」を取り出した。グラスを二つ、食器棚から運んでテーブルの上に置く。プラスチックのボトルに入った甲類焼酎を、その二つのグラスに同じぐらいの分量注ぎ、そこに「オーガニックジンジャーエール」と「スウェーディシュフェスティバルドリンク」を加え、マドラーで軽くかき混ぜる。

まず、「オーガニックジンジャーエール」の方だが、これはすごい。ジンジャー感がかなり強めで、小さな子どもが飲んだらびっくりして吐き出しそうなほどだ。そんな強めの味ゆえ、焼酎との相性はいい。

もう一杯の「スウェーディシュフェスティバルドリンク」だが、これはスウェーデンでイースターやクリスマスなど、そういうイベントごとのある時に飲むものだと、そんなことが商品棚に書いてあった気がする。コーラのような黒い色味の飲み物だが、味はなんというか、コーラとドクターペッパーの中間っぽいような、そんな風である。美味しくないわけではないが、わざわざ焼酎と合わせて飲まなくてもいいような気がした。ああ、疲れた。

それにしても、IKEAに行ってきた昨日と、そこで買ってきたドリンクで酒を割って飲んでいる今日、私は何度「疲れた」と口にしただろうか。バスに乗ってIKEAに着いては「疲れた」、IKEAからしばらく歩いては「疲れた」、通りかかったコンビニでトイレを借り、外に出ては「疲れた」、近くに住んでいる友達に連絡し、合流できたところで「疲れた」、公園で乾杯し、しばらく話して別れるなり「疲れた」、家に帰って「疲れた」、布団に横になって「疲れた」、朝が来て「疲れた」、昼にラーメンを食べては「疲れた」、食べてすぐ横になって「疲れた」、次に目が覚めたらもう夕方で「疲れた」、昨日買ったIKEAの飲み物で焼酎を割って飲んでは「疲れた」と、まるで鳥が鳴くように「疲れた」とばかり言っている。

同じ家に住んでいる家族には「疲れた疲れたとうるさいからやめてくれ」「土を掘ってその穴に向かって言って欲しい」と言われている。たしかに、「疲れた」と言われたところで、その言葉を聞いた相手はどうしようもなく、ただ不快なだけだろう。申し訳なく思いつつ、しかし、どうしても「疲れた」と言わずにはいられない。「疲れた」と言うと、ちょっと気持ちいいから、やめられない。

「やっぱりキテレツは天才ナリー!」と、必ず語尾に「ナリ」をつけて話すコロ助のように、必ず語尾に「疲れた」がつくキャラクターだと思って欲しい。「今日はすごく天気がいいね、疲れた!」「やった100点取ったぞ、疲れた!」「俺にはわかる。あれは絶対に君のせいじゃないよ、疲れた!」みたいな。

なんでこんなに疲れているのだろう。生きていても特にいいことなし。うんざりすることばかり。ああ、疲れた……。でもなんだろう、「オーガニックジンジャーエール」のせいか、「スウェーディシュフェスティバルドリンク」のせいか、はたまた甲類焼酎のせいか、とにかくなんだか少しだけ、さっきより元気になってきたようだ。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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