世界を割る
「世界を割る」第50回

第50回 「わるガキびいる」で割る

「世界を割る」第50回

東京に住む飲み仲間にMさんという人がいる。食通でありながら、安酒の魅力にも理解のある人で「イオンで売ってる甲類焼酎には何もないがゆえの美味しさがある」というようなことを言っていた。酒の飲み方に創造性をもたらす達人でもあり、私も様々なアイデアを伝授してもらった。

たとえばスティックタイプのインスタントコーヒー、そのままお湯や水を注ぐだけでコーヒーができあがる粉末状のあれを焼酎のプラボトルの中に注ぎ入れ、勢いよく振る。すると即席の“コーヒー焼酎”ができるのだ。さっきまで透き通っていた焼酎が一瞬にして泥水のように黒くなってしまうのには思わず笑いが込み上げるが、実際、これがなかなかうまい。大胆かつ斬新なアイデアである。

そのMさんが先日Twitter経由で「わるガキびいる」のことを教えてくれた。「共親製菓」という名古屋のメーカーが製造している駄菓子で、水に粉末を溶かすとシュワシュワと泡立ち、まるでビールそっくりの飲み物ができるというもの。当連載の第34回で、「サンガリア」という飲料メーカーが作っている「こどもののみもの」で焼酎を割って飲んだが、あれの粉末バージョンという感じだ。早速通販で買ってみた。

もちろん子ども向けの商品だからアルコールは入っておらず、飲んでみるとパインっぽい味のシュワっとした甘いジュースというようなものである。テイスト的にビールを思わせるものではないが、見た目は本当にビールそっくりだ。焼酎を少し足して割って飲むと、うむ、悪くない。この連載で何度もトライしてきてわかったのだが、駄菓子的なジュースと甲類焼酎との相性は不思議と良いのである。

さて、私はさっき「通販で買ってみた」と書いたが、あれこれとオンラインショップを探してみると、「わるガキびいる」は30個がセットになった箱入りを買うしかないようだった。なんせ一包数十円の商品だから、通販で単品を売るようなものでもないのだ。だから家には「わるガキびいる」がまだまだ、売るほど残っている。

先日、私の父が大阪にやってきた。京都へ出張の用事があり、それに先駆けて立ち寄っていったのだ。父はワクチンを2度接種して、これまでより少しは安心して日々を過ごしているようだった(まあ、あまり過信してはいけないんだろうけど)。

父は「日曜日にそっちに泊めてもらっていいか?月曜の朝に出ていくから」と連絡してきたが、うちの下の子どものリクエストにより、一日早く、土曜日に来て二泊していくことになった。

うちには二人の子どもがいて、上は小学6年、下は小学3年の男児なのだが、その下の子はおじいちゃんが好きで、少しでも長く一緒の時間を過ごしたいと思っているらしい。父は東京に住んでいて、我が家は大阪だから、会えるのは年に多くて3回か4回かという程度だ。下の子は「じいじと会えなくなるのイヤや」と言って別れ際はいつも泣いている。

私の父のどこがそんなに気に入ったのか、理由はよくわからない。父はもうすぐ72歳になる。社交的ではあるがアクティブな方とも言えず、たとえばうちの子を連れて動物園かどこかに連れていってくれるようなタイプではまったくない(たまに動物園や水族館に行くと、うちの父よりもっと年上ではないかと思われる人がエネルギーの塊のような小さな子を連れて歩いているのを見かける。あんなことはうちの父にはできないはずだ)し、一緒にニンテンドースイッチをやってくれるでもない。

ただ、父は絶え間なくふざけたことを言っているような人だから、当たり前のことで当たり前のように怒ってくる親(つまり私)と一緒にいるより自由な気分が味わえるのかもしれない。父は「2回目のワクチンを打って以来、やけに屁が出るんだよ」と言っていて、もちろんそんなことは事実ではないと思う、っていうかワクチン以前から屁はしまくっていたけど、下の子はその冗談がとても好きなようで、よく笑っていた。

私も山形のおばあちゃんが好きだった。父親や母親よりもおじいちゃん、おばあちゃんの方が好きだという人は多いと思う。親が「これも教育だ」とか「あなたのためだ」とか言って規範を押し付けてくる存在なのに対して、祖父や祖母はそういう役割を負わずに優しさやユーモアを持って子に接することができる。できやすい。もちろんそうじゃない家庭もあると思うけど、親よりも距離のある関係だから、風通しのよさが生まれやすいのだと思う。

とにかく、下の子は「大人になったら東京でじいじの仕事を手伝う」と言っていて、そのために早く大人になりたいのだという。「早く20歳になって、じいじと一緒にビールが飲みたい」と言うが、下の子が20歳になるのは11年後だ。その時、父は83歳になっている。会うたびに「歳をとったな」と思う父が83歳まで元気でいてくれるのか、私はわからない。そうなるといいけど、無理じゃないかなとも思っている。

大阪にやってきた父が缶ビールをグラスに注いで飲んでいるのを下の子が見ている。「あ、いいものがあったんだった」と私は思い出し、グラスに入れた水に「わるガキびいる」の粉末を溶かして持っていった。

本物のビールと「わるガキびいる」、見た目にはそっくりな飲み物の入ったグラスをカチンと鳴らして乾杯する二人を写真に撮りながら、こういう瞬間があったことがみんなの記憶にずっと消えないで残ってくれればいいのにと思った。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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