世界を割る
「世界を割る」第57回

第57回 チューブ入り薬味で割る

「世界を割る」第57回

JR大阪駅に直結している駅ビルの屋上に広場があって、そこでよく過ごす。露天のスペースだから冬は寒いのだが、だからこそ人もあまりいなくていい。敷地内にコンビニがあって、綺麗なトイレもあって、すごく好きな場所である。先日、その場所でライターの泡☆盛子さんと、ミニコミ専門書店「シカク」代表・たけしげさんと3人でチューハイを飲んでいた。

何の話をしたのかあまり憶えていないのはいつものことだが、どこかのタイミングで泡☆盛子さん(以下、「泡さん」と表記)が、カバンの中からチューブ入りの「梅肉」を取り出した。スーパーやコンビニなどでチューブに入ったワサビやカラシを売っている、あれの梅肉のやつだ。「これ、持っておくと便利なんですよ」と言って、泡さんは飲んでいたチューハイにチューブ梅肉を少し入れた。「これで梅サワーになります」と、美味しそうに飲んでいる。

泡さんは酒好きで、また、食に関する文章をずっと書いてこられた方なので、飲み方、食べ方に長けている。この日も、保温性の高い水筒にお湯を入れて持って来て、焼酎のお湯割りを作って飲んでいた。用意がいいというか、ただ漫然と飲むというのではなく、常にワンアイデアをプラスして楽しんでいる人なのである。

「なるほど、チューブ入りの薬味か」と私は驚かされた。確かにこれなら、ペンケースにでも入れて持ち運ぶことが容易だ。たとえば外でシュウマイを買って食べることがあったとしたら、まず最初は何もつけずに食べ、その後は梅肉シュウマイにしてもいい。チューブ入りの薬味には柚子こしょうやショウガなんかもあるから、それも携帯しておけば、柚子こしょうシュウマイ、ショウガシュウマイと、立て続けに食べることが可能となる。

「チューハイに入れるのいいですよ。よかったら今度『世界を割る』でやってみてください」と、この連載のことを知る泡さんが提案してくれて、それで今、私の目の前に甲類焼酎と3本のチューブがある。

用意したのはハウス食品の「ねりスパイス」シリーズより、「梅肉」「柚子こしょう」「もみじおろし」である。スーパーの棚に並んでいたものから、なんとなく選んだ3つだ。甲類焼酎を炭酸水で割ったほぼ味のないチューハイを作り、そこにこれらを足して味をつけて飲んでみる。

まずは「もみじおろし」だ。どれぐらい入れていいものか、ちょっとビビりながらチューブを絞り、マドラーでよくかき混ぜて飲んだ。うむ。ピリッとくる後味は悪くないのだが、最初に香ってくる大根おろし特有の匂いがちょっとこう、爽快感を邪魔してくる。

次に「柚子こしょう」を試す。チューハイに柚子の香りと塩味が加わった。しかし、もともと結構強い味なので量の調整が難しい。少なすぎればあまり入れた甲斐が無いし、多いと辛くなり過ぎる。研究が必要かもしれない。

その点、泡さんがやっていた「梅肉」は間違いなしという感じだった。ちょっと塩味強めの梅サワーという風になる。これに限っては「これぐらいかな」と思うより多めに入れるぐらいでちょうどいい。チューブ入り調味料の新たな可能性を感じながら飲んだ。

ちなみに今、ハウス食品の「ねりスパイス」シリーズの公式サイトを開いたら、「レモンペースト」「かぼす&すだちペースト」なんていうものまであるようで、そっちの方が今回のチャレンジには向いていたかもしれない。今度見かけたら買ってみよう。

さて、私がチューブ入り薬味を見ていてほぼ必ず思い出すのが、サーフィン好きの友達が発したこんな言葉だ。

「冬の海に入る時はチューブショウガを口にくわえてギューッと絞るの。めっちゃ体があったまるんだよ」

チューブの半分ぐらい、一気に食べる(というか飲む?)らしい。たしかにショウガといえば体を温めてくれる食材、みたいなイメージがある。が、それにしても、あのチューブをそのまま口に突っ込むとは、なんとも豪快ではないか。想像すると笑える。

「それで後はおしっこしてウェットスーツの中をあっためれば、冬でも全然寒さ感じないから」

と友達は続けて言う。

驚く方もいるかもしれないが、サーフィンやダイビングなど、ウェットスーツを着用して行うマリンスポーツでは、海中でおしっこをするということがあり得るのだ。いや、正確には「アリ派」「ナシ派」、「どうしてもという状況ならアリ派」「積極的にアリ派」と、様々な意見があるようだ。そして「積極的にアリ派」の意見の中には、私の友人が言うように、それを行うことにより、ウェットスーツ内におしっこがめぐって体が温められることをメリットに挙げる人も多いのである。

もし暇なら、「ウェットスーツ おしっこ」と検索してみて欲しい。先述したような「アリ派」「ナシ派」の意見はもちろん、「レンタルのウェットスーツ着用時におしっこしてもいいものだろうか」といったような質問とそれに対する回答なども見ることができるし、「ウェットスーツでおしっこするの大好き」という主旨の英語メッセージをフロント部分にでかでかとプリントしたTシャツの通販ページも表示されるだろう。

私はウェットスーツを着た状態でおしっこをしたことがある。一時期、ボディボードを買って冬の海によく行っていて、その頃、マリンスポーツ好きの知人にそうするよう教わった。知人は「積極的にアリ派」だったのである。

同じような体験がある方にはわかってもらえると信じるのだが、覚悟を決めて放尿しようと思ってもなかなかできないものだ。私たちは普段、用を足していい時といけない時を常に判断しながら行動している。大人になると、寝ている間にトイレに行く夢を見てもおねしょはしていなかったりする。あれは、「ここでおしっこしてはいけない」というルールが無意識状態の自分をも強く律しているからだろう。

「マリンスポーツの先輩がOKって言ってんだから、OKだ!」と思って下腹部に力を込めても、自分を律するセクションが「だめだめだめ!」と邪魔してくる。よくある、天使と悪魔の戦いのイメージみたいな、ああいうものが頭の中に発生し、なかなか踏ん切りがつかないのだ。

まあ、しばらくして最終的には悪魔が勝ち(いや、勝ったのは天使か?どっちでもいいが)、実行することができた。味わったことのないような、というか、あの状況でしか味わうことがないような、不思議な感覚で、なるほどこういうものかと思った。

とにかく、それ以来、私はチューブ入りの薬味を見ると、以下のような流れで思考することを止められなくなってしまった。

1.冬の海に入る前にショウガチューブを一気に吸い込むという友人の話を思い出す
2.その友人がウェットスーツを着ておしっこをすることを思い出す
3.自分がウェットスーツを着ておしっこをした時の感覚を思い出す
4.しばらくぼーっとしてしまう

なんとも困ったものである。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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