世界を割る
「世界を割る」第60回

第60回 企んで割る

「世界を割る」第60回

「ナオさん、バーでもやったらどうですか?」と友人が言った。

最近私はめっきり酒が弱くなって、誰かと飲みに行ってもすぐにヘロヘロになってしまう。とはいえ、人と会って酒場の華やいだ気分の中で話をするのは好きで、それが無くなったら自分の人生の楽しみのほとんどが失われてしまうように感じるから、どうしたものかと悩んでいた。友人が「バーでもやったら」と言ったのは、そうすれば自分はマイペースに飲めるし、店に来た人と気楽に話せるだろうと、そう考えてくれてのことだった。

「バーをやる!?いや、無理っすわー!いやいや、どう考えても無理!」とその時は軽く流してしまったが、その後、「バーね……ありかもな」と、酔った勢いで思ったりもし始めた。(もちろん現実は厳しいのだろうけど、それを今は置いておくとして)そこから自分の人生が一気に切り開けそうな、そんな気もした。

まさにそんなタイミングで、とても嬉しいお誘いがあった。当連載の第53回「すだちと大葉のモヒート風チューハイを飲む」でも紹介した、淡路島の岩屋港近くにある立ち飲みスペース「ふろやのよこっちょ」で一日店長をしてみないかという話である。

「ふろやのよこっちょ」の面白い成り立ちを知りたいという方がもしいたら第53回を読んでいただくとして、JR明石駅からしばらく歩いた場所にある乗り場から「ジェノバライン」という高速船に乗り、海を渡って向かう岩屋港の近くの、「扇湯」という古い銭湯の脇にあるその最高の飲みスポットで私が何をするかというと、この『世界を割る』という連載で今まで試してきた様々なドリンクの中から、厳選したものを実際にお客さんに提供するのだ!そんなアイデアを出してくれたのは「ふろやのよこっちょ」の仕掛け人である銭湯研究家・松本康治さんであった。

「世界を割る」第60回

こんなバカバカしい、のん気な連載が現実の店となる。「ついに実写化!」というか、「ポップアップショップオープン!」というか、しかもそれが、海を渡った先の素晴らしい場所にできるのだ。僥倖である。とはいえ私は会社員時代に仕事ができな過ぎて10歳下の新人に「スズキさん、めちゃくちゃですね」と笑われていたほど雑な人間だ。一人では絶対に乗り切れる自信がないので、心優しい飲み仲間であり、しっかり者の山琴ヤマコさんにサポートを依頼した。

店の名というか、イベント名は「割るバー」と決め、あとは開催日である2022年6月25日(土)を待つばかり、と思っていたが、山琴ヤマコさんが「打ち合わせしておきましょう!」と連絡をくれてやっと気づいた。そうか、ただその日を待つだけでなく、色々準備しなければならないのだ。

私の家の近所のJR天満駅まで来てくれた山琴ヤマコさんと、近くの川べりでチューハイを飲みながら話した。山琴ヤマコさんは『世界を割る』のこれまでの連載に登場したドリンクをエクセルシートにまとめ、その一覧をプリントアウトして持ってきてくれた。

「世界を割る」第60回

その表を二人で見つつ、どのドリンクなら現実的に提供できるか、というか、そもそも自信を持ってお客さんに出せるほど美味しいものがあるのか、など、色々と話し合った。

その結果、これまで連載に書いてきたものの中から5~6種類ほどのメニューを当日提供すること、それ以外にも岩屋港付近で調達できる材料を探し、即興的なメニューを考えてみること、人が来なかったらそれはそれ、売切れたらそれはそれ、と、ゆったりした気持ちで臨むことなどが決まった。私も山琴ヤマコさんも電気グルーヴが大好きなので、当日の店内BGMは電気グルーヴオンリーで行くことなども決定した。

細かい確認事項などはたくさんあるが、とりあえず大枠が決まってみると、こんなに楽しみなイベントはなかなか無いように思われてきた。わざわざ海を渡って来てくれる人がいるんだろうか。いたとしたらその人たちは、かなりの物好きである。そしてその人たちに酒を提供し、みんなで話したりできるのが楽しみだ(もちろん沈黙も苦ではない)。

営業時間は14時から20時までの予定で、いつ来ていつ帰ってもいい。岩屋港付近に面白い場所はいっぱいあるし、明石駅周辺だって楽しいから散策して帰って欲しい。あとは天気だな。天気がいいといいな。

そうだ。酒で酔ってしまう前に、「扇湯」にもぜひ入って欲しい。前述の松本康治さんやそのお仲間たちが力を合わせてあちこち改修し、これからの季節に最高な、ちょっと温度低め(20度台)の源泉風呂も作られた。あのシーンとした静かな冷やかさを感じて欲しい。

で、おつまみに関してはこっちではほぼ用意していかない予定なので、必要であれば岩屋港付近の店で買ったものを自由に持ち込んでいただきたい。老舗鉄板焼きの「紋六」、刺身が新鮮な鮮魚店「林屋」なども近い。

どうなるだろうか。もし手ごたえを感じたら、私の人生が「バーをやる」という方向に大きくシフトしていくかもしれない。とにかく楽しみである。

イベント情報:

スズキナオの「世界を割る」ポップアップ酒場“割るバー in ふろやのよこっちょ”

開催日時:6月25日(土)14時~20時(「ジェノバラインが出航できないほどの荒天時は中止)
開催場所:兵庫県淡路市岩屋1470(岩屋商店街にある銭湯「扇湯」の横です)
そこまでの行き方:色々なルートがあると思うのですが、私が行くときはいつもJR明石駅まで電車で行き、魚の棚商店街を少し散策したりしつつ「ジェノバライン」の乗り場まで10分ほどで到着し、そこから高速船に13分乗って岩屋港に到着。港の雰囲気を感じつつ岩屋商店街を数分歩くと「ふろやのよこっちょ」が見えてくるという感じです。

※「ジェノバライン」の時刻表はこちら
http://www.jenova-line.co.jp/jikoku.php

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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