世界を割る
「世界を割る」第27回

第27回 ハッカ油で割る

「世界を割る」第27回

健康診断の結果を受け、ノンアルコール飲料や炭酸水を飲むようになったと前回書いた。それ以来、飲み仲間であり、一緒に「酒の穴」という飲酒ユニットをやっている酒場ライターのパリッコさんから、「〇〇の炭酸水の梅味のやつがほとんど酒ですよ」とか、「〇〇っていう新商品を飲んでみたらほとんど酒でした」という感じで、“ほとんど酒”だと感じられるようなノンアルコールドリンクの情報がもらえるようになった。自分で探そうと思っても、そもそも調べ方すらわからないような情報。大変ありがたい。

その中の一つに、「炭酸水に『ハッカ油』を一滴垂らすとほとんど酒ですよ!」という情報があった。「ハッカ油」については前々から興味があって、我がバンド・チミドロのベーシストであるイチノミヤ君が「ハッカ油って色々使えて最高だよ」と言っていたのが脳裏に残っていたし、半年ぐらい前に北海道に旅した時、お土産ショップでハッカ油が試用できるようになっていて、試しにシュッと顔に吹きかけたら痛いぐらいにキーンときてそのとんでもない威力を思い知っていた。消臭、脱臭効果なんかもあるらしい。

その時も一瞬買おうかなと思ったのだが、10ml入りのスプレーが1000円ちょっとと、少し高級なものに思えて躊躇していたのだ。しかし、心の奥底ではずっとハッカ油への思いがくすぶり続けているような、そんな日々を私は生きていた。

そこにきてのパリッコさんの「ほとんど酒」情報である。また、近くのドラッグストアに行って見つけたのだが、健栄製薬というメーカーの20ml入りの小瓶なら500円ほどで購入できるではないか。今しかない!って感じでようやく手に入れたのが先日のことだ。

ちなみに、ハッカ油を炭酸水に垂らすというパリッコさんのアイデアについて、「え!それ、飲んでいいの?」と思った方がいるかもしれない。肌にひと塗りするだけで皮膚が凍ったみたいに冷たく感じるようなものである。それを体内に取り入れていいものなのかと、実は私もビビっていた。しかし買ったハッカ油の瓶のラベルに色々な使用方法が書いてあるその最初の一つが「紅茶やリキュール等の香りづけに」、なのである。「どうぞどうぞ!ぜひどうぞ!」とハッカ油が言っている。

「世界を割る」第27回

安心して炭酸水に一滴垂らしてみた。……いや、ここは正直に書いておきたいのだが、この健栄製薬のボトル入りハッカ油は、「一滴だけ垂らす」というのが非常に難しい。瓶を傾けただけでは中身が出てこなくて、完全に逆さまにするとポトポトポトと出続ける。瓶を一瞬だけ逆さまにしてすぐ上に向けたつもりでも、どうしても最低2滴は出てしまうのだ。「今度こそ絶対一滴しか出さねえ」と思って、自分のできる最高速の動きで逆さから上に向ける動作をしようとすると、瓶からこぼれ出た一滴が今度はあらぬ方向に飛んでいく。まさに至難のわざ。 なので正確には炭酸水に2滴のハッカ油を入れて飲んでみたのだが、なるほどこれはいい。味が変わるというわけではない、味は変わらないんだけど、強烈にクールな香りが足されるという感じ。炭酸とともに鼻にスーッと香りが抜けていくように感じ、とにかく爽快な飲み物になる。

私は炭酸水で試したけど、チューハイにハッカ油をスプレーして「ハッカ油サワー」みたいにして居酒屋で出してもいいと思う。特に暑いに夏には喜ばれそうだ。

次に、冷蔵庫の中に缶ビールが一缶あったので、そっちにもハッカ油を2滴垂らしてみた。そもそも酒を控える手段としてパリッコさんが薦めてくれたハッカ油をビールに加えているんだからめちゃくちゃだが、これがまたいい。今まで飲んだことのない飲み物。先ほどの炭酸水と同様、あくまで味わいはビールなのだが、最後にスーッとハッカ油の香りが走り去る。検索してみると「ミントビール」としておすすめしている文章も出てきたので、飲んでる人は飲んでる酒なのかも。

もう一つ、東郷青児の絵があしらわれているのが可愛らしくて思わず買った英君酒造のワンカップスタイルの日本酒にもハッカ油を垂らした。もったいないので中身をほんの少しだけ別のグラスに移し、そっちで試すことに。ミント日本酒。なんとも謎な飲み物になる。ここまで試したのと同様、ハッカ油が入ることで味わいが変わるというわけではない、とにかく強烈な香りが付け足されるという感じなのだが、日本酒がそもそも独特の香りを持っているから、その二つがぶつかるような、いや、一瞬いい具合に手を取り合ってダンスを踊ったような……うーん、判断が難しい。まあ、特にやる必要もないかなという感じだ。

しかし、ハッカ油と様々な酒を組み合わせるということには可能性を感じた。ハイボールなんかにも絶対合う気がする。

この夏、ハッカ油の小瓶をポケットにしのばせ、ある時は汗ばんだ首元をひんやりクールダウン。そしてある時は居酒屋で頼んだ飲み物にポトポト垂らす、っていうスタイルはどうだろうか。店の人に嫌がられるだろうか。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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