世界を割る

第47回 再び豆乳で割る

「世界を割る」第47回

当連載の第44回で焼酎の豆乳割りを作って飲んだ。その時は大阪・西九条にある豆腐店「こばやし」の豆乳を買ってきた。西九条にかつてあった立ち飲み店「こばやし」(豆腐屋さんと同名なのは偶然らしい)がここの豆腐を仕入れておでんに使ったりしていて、私はその立ち飲み屋が好きだったので、在りし日のお店の様子を思い浮かべつつ飲んだのだった。

で、今回もまた焼酎を豆乳で割って飲もうと思うのだが、その前に言っておきたいことがある。私は最近、豆乳がかなり好きなのだ。しかし、だからといってスーパーで毎日豆乳を買って飲んでいるかというとそんなことはない。あくまで「豆腐屋さんの豆乳」が好きなのである。

商店街を歩いていて豆腐屋さんを見つけると必ず近づき、豆乳を売っているかどうかを確かめる。そしてもし豆乳が売られていたら絶対に買うことにしている。店によってはプラカップに豆乳を注ぎ、店頭で飲ませてくれる。酒屋の軒先や店内で酒を飲むことを「角打ち」というけど、それの豆乳バージョンだ。

豆腐屋さんの軒先で飲む注ぎたての豆乳の旨さにはいつも驚く。そしてもう一つ驚くのは店によって味が全然違うところだ。味の違いを書き分けるような能力が私に無いのが悔しいが、分かりやすいところでいうと濃さが全然違う。水分が多くサラッとして飲みやすいタイプと、どろっと濃いタイプ。本当に濃いやつなんか、例えが悪すぎることを承知で言うが、胃の検査で飲むバリウムぐらい濃い。「美味しいバリウム」と表現したくなるぐらいだ。

豆腐屋さんによっては無糖の、つまりそのままの豆乳とは別に加糖バージョンも用意しているところがあり、私は普段は無糖の方を飲んでいるけど、「無糖はちょっと苦手だけど加糖の方は大好き」という人もいるようだ。一度加糖の方を飲んでみたらジュースのように美味しかった。

飲めば飲むほど豆乳の世界の奥深さがわかってくる。飲み歩くのが楽しくて仕方ない。もし「あそこの豆腐屋の豆乳はとんでもなく美味しいよ」という情報を知っている方がいたら教えてもらって多少遠かろうが行きたいほどだ。

野暮を承知で現時点での自分の「心の豆乳ベスト3」を記しておきたい。

・大阪市阿倍野のショッピングビル「あべのベルタ」の地下にある「まるしん豆冨店」の豆乳
・大阪市浪速区、今宮戎の参道にある「井上商店」の豆乳

この二つは同率2位というか、そもそも順位も何も勝手に私が言っているだけなのだが、とにかくどちらも美味しかった。近くに行く用事があったら絶対に買って飲む。

で、一番好きなのが神戸市灘区にある「佐藤とうふ店」の豆乳だ。「佐藤とうふ店」はもともと同じ灘区の「畑原市場」という市場の中にあった店で、しかし、2020年の3月に市場が閉鎖となり、場所を移して同年の12月にリニューアルオープンした。

近くには「水道筋商店街」という、いい雰囲気の商店街があって、私はその商店街を歩こうと思ってそのついでに「佐藤とうふ店」に立ち寄ったのだったが、ここの豆乳を味わって以来、豆乳を飲みに行くのが目的になってきた感がある。

「佐藤とうふ店」の公式サイトを見ると、この店の豆腐は「高温の豆乳ににがりのみを加えて寄せ(凝固)させる『本物のにがり豆腐』」なのだという。製法のことは私のとってはこれから勉強しないとわからないことだが、古来の製法にこだわって豆腐作りをしていることは伝わってくる。

そんな豆腐はもちろん美味しくて、豆乳もまたすごい。液体としての濃さはそれほどでもないのに、味がとにかく濃厚なのだ。私が飲むのは無糖の方だけど、それでもほんのりと甘みを感じる。飲んだ後でお腹に重たさを感じるようなことも一切なし。飲んだそばからもう一杯飲みたくなるのだ。

いつもは店頭で飲んで帰るだけだが、今回はこの豆乳で焼酎を割るために持ち帰らせてもらった。お店の方に「持ち帰りでお願いします!」と言えばビニール袋に注いでくれる。自分で空のペットボトルを持ち込んでもいいとのことだった。

「世界を割る」第47回

電車を乗り継いで家に戻り、いよいよ「佐藤とうふ店」の豆乳で焼酎を割る。過去に何度か豆乳割りを作った経験上、焼酎は気持ち少なめで、飲む前によくかき混ぜた方がいい。そうやって飲んでみると、ああ、うまい。「佐藤とうふ店」の美味しい豆乳にほんのり焼酎の風味が加わった、そりゃそうだというそのままの味なのだが、しかし、豆乳の味の厚みが焼酎の酒感を包み込んでくれており、しっかり融合しているように感じる。最高だ。

「佐藤とうふ店」の豆乳がスーパーで買えたらなーと思うけど、でも、自宅から少し電車を乗り継いで飲みにいくからこそ、その美味しさも一際なのかもしれない。水道筋商店街には「一燈園」という串カツの旨い店もあるし、「灘温泉」という、いつまででも入っていたくなる炭酸泉が有名な銭湯もあり、そんなコースの途中で飲む豆乳だからこそまた美味しいのだ。今度行く時は持ち帰り用のペットボトルを持って行くのを忘れないようにしようと思う。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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