世界を割る
「世界を割る」第76回

第76回 「ジャクルト」で割る

「世界を割る」第76回

「ジャクルトって知ってる?ヤクルトをジャスミン茶で割るんだって」と教えてくれた人がいた。「美味しいらしいよ。焼酎を入れてもいいかも」と提案までしてくれた。本当にありがたいことだ。

スーパーに行き、甲類焼酎とヤクルト1000を買った。ドリンク売り場になぜかジャスミン茶が見当たらず、「まあいいか、自販機で買えば」と思って自転車でうろうろしたが、ジャスミン茶を売っている自販機が見当たらない。「ひょっとして『ジャクルト』が流行し過ぎて全国的にジャスミン茶の在庫が枯渇しているのか!?」とも思ったが、セブンイレブンに行ったら無事買えた。

帰宅し、夕飯を作って食べ、雑事を済ませ、夜中にいよいよその「ジャクルト」を用意してみた。コップにジャスミン茶を注ぎ、ヤクルト1000を全部入れ、甲類焼酎を少々。スプーンでよくかき混ぜる。見た目はヤクルトの色というか、「ピルクル」や「ビックル」、ああいう乳酸菌飲料っぽいベージュ色だ。

飲んでみると、これは不思議な味わいだ。「うわー!うまい!」と思う感じではなく、飲んで「うんうん、こういう味か、いや、えーと?」と、一口飲み終えたそばからどんな味だかもう一度確かめずにはいられないような。ちょっと複雑で簡単に記憶できない味わいである。でも、好きだな。

それを飲みながら、あれこれ考えていた。もう12月で、一年の終わりが見えてきた。今年やりたいと思っていたこと、というか、もう何年もずっとやりたいと思っていたことが結局何もできなかった気がする。早く終わらせないと、と思っている仕事が全然終わらない。もう半年ぐらいずっと滞ってしまっている仕事があって、そのことを考えると気が重い。なにもできていない……。片付けられぬまま部屋に荷物がたまっていくように、どんどん降り積もっていく。気持ちが落ち込んでくる。

やめよう、楽しいことを考えよう。と思うが、楽しいことなど全然ない気がする。たとえば私は10年前、34歳だったのだが、その頃はまだ、気持ちがそわそわして眠れなくなるほどに楽しみな何かがあったような気がする。

友だちと仕事の半休を取って飲みに行く約束があったり、好きなミュージシャンのアルバムがいよいよ出るとか、チケットを取っているライブがもうすぐ、とか。いつの間にか、そういうことが何もなくなってしまった。

「世界を割る」第76回

いや、そんな冴えない話はいいのだ。最近楽しかったこと……。体調が悪くない日に、夜、美味しい鍋を食べて、お酒も適度に飲んで、翌日は遅くまで寝ていてよくて、窓の外から昼間の日が差してくるぐらいまで寝たり起きたりを何度も繰り返していた、あの時間はすごく幸せだった。

そういえば、最近ふと思ったのだが、昔って、湯たんぽとか電気アンカとか、布団の中に入れて寝ていた。私は東京で育ったので、雪がしんしんと降るような地域の寒さはそれほど体験したことがないが、東京の冬でも、湯たんぽや電気アンカのどちらかを使っていた記憶がある。

今は大阪に住んでいるが、冬場もそういうものを使わずに寝ている。それはあれか。布団のあたたかさが向上したからだろうか。着ている服の機能性が高まったのか。冬が昔ほど厳しくないからか。とにかく、あたたかい何かを足元に感じたり、胸に抱いたりして寝る感覚がすごく懐かしいものに思える。

あとそう、電気毛布。東京ではあまり使っていた記憶がないが、私の両親の出身地である山形の冬は寒いから、親戚がいつも電気毛布を用意してくれて、寝る時間の少し前からスイッチを入れてくれていて、いざ寝る段になって布団の中に入るとすごくあたたかくて、幸せだった。

実家で猫を飼っていた時は、よく私の布団の上に猫が来た。うちの猫は布団の中までは決して入ってこなかったが、布団をかけて寝ている私の腹のあたりに乗ってきて、それがちょっと苦しいのだが、うれしいからがんばって我慢する。

布団を通して、猫の重みと体温が伝わってくる。生き物が生きているだけで熱を発しているということが、自分もそうであるのに不思議で仕方ない。猫が死んでしまってずいぶん経つが、お腹の上に感じるあの重さと温かさを今でもありありと思い出せるのもまた不思議だ。

体を撫でた時の感触、噛まれた時の痛み、小さな鳴き声、眠そうな顔。寒い夜は、猫が布団の上に乗ってきてくれたらなと、今も思ってしまう。

結局私は楽しいことが全然考えられず、猫のことを思い出して、ますます寂しい気分になってきて、ジャクルト割りのコップは空になっている。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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