世界を割る

第41回 すだちフィットネスで割る

「世界を割る」第41回

ニンテンドースイッチ用のゲームソフト『リングフィットアドベンチャー』というのを先日購入した。実際に体を動かしてプレイするフィットネスゲームで、それが本当にいい運動になるのだという。体もなまっているし、体重が最近増えたせいで日常の動作が重たい感じがする。少しでも身軽になれるなら、と買ってみた。

「買ってみた」とか簡単に書いたけど、コロナ禍の需要もあってか、今このソフトは大人気で生産が追い付かない状態らしいのだ。検索してもどこにもオンライン販売をしているショップは見当たらず、どうしてもすぐ買おうと思ったらメルカリで3~4千円上乗せして売っている転売人に当たるしかないみたいなのだ。それは嫌だ。家電量販店の中に抽選を受け付けているところがいくつかあり、ある程度の数が入荷するたびに当選者に限って販売しているらしかった。「こんなの当たるわけないわな」と思いながら応募してみたらしばらくして当選を知らせる電話がかかってきた。

当選したといってもタダでもらえるわけじゃない。ようやくお金を払って買わせていただけるというだけの話である。まあとにかく定価で買うことができ、そうやってちょっと面倒な手順を踏んでようやく買えたということも手伝って、さすがにそのまま放っておく気にもならず、やってみることにした。

『リングフィットアドベンチャー』のデカい箱を開けると、ゲームソフトと別に輪っかが入っている。この輪っかにニンテンドースイッチのコントローラーをはめ込んで操作する仕組みだ。車のハンドルみたいな大きさの輪っかは、左右から押し込むとグイッとくびれ、引っ張るとみよーんと伸びる。でも結構力を入れないと変形しない。これを押し込んだり引っ張ったりする動作で腕の筋肉などを鍛えようという、そういうものらしい。

また、その輪っかと別に、太ももに巻き付けるベルトが同梱されていて、そっちにもコントローラーをはめ込むようになっている。

ニンテンドースイッチのコントローラーというのは、ただ十字キーやボタンで操作できるだけでなく、そのコントローラー自体を動かすことでも操作ができるようになっている。ニンテンドースイッチの本体側が、コントローラーが空間の中のどの位置にいるかを把握していて、コントローラーが上下左右に動いたことに反応するのである。あと、コントローラーがどんな向きになっているか、どんなスピードでどの方向へ動いたか、というのも認識する。

なので、例えば太ももに巻きつけたコントローラーが上下に激しく揺れれば、プレイヤーが太ももを上げ下げして走っている動作をしていることが本体側にわかる。どんな速度でスクワットしているかとか、床にお尻をつけて伸ばした足をググッと持ち上げている、とかもちゃんと認識してくれる。

そのシステムを上手に使い、プレイヤーがゲームの中の世界を走り、途中で様々な運動に取り組めるようになっている。輪っかを使って空気砲を打ったりジャンプしたり、体を動かすことで敵と戦ってレベルをあげたりしていく。ゲームを進行させる上で必要な操作がすべて身体動作に結び付けられているのである。

ファミコン時代のフィットネスゲーム『ファミリートレーナー』にも驚いた世代だし、あれもすごく好きだったけど、それとは次元の違いを感じるすごさである。まさかここまでしっかり汗をかきながら体を動かすことになるとは。運動になるということとは別に、普通にゲームとしてもよくできていると思う。

「いやー!すげーな。いつの間にかこんな未来になってんのかよ」と、半ばあきれながらその『リングフィットアドベンチャー』をプレイしている私は、テーブルの上にチューハイを用意していつでも飲めるようにしている。ゲーム内のナレーションで「こまめに水分補給をしよう!」という声がするとそのチューハイを飲む。 これが本物のスポーツジムだったら、チューハイを飲みながら運動することはできないだろう。いや、真っ直ぐな目で「チューハイを飲みながら運動してもいいですか?」と聞いてみたら「うーん。まあ、OKです」と意外な答えが返ってくる可能性はあるかもしれない。しかし、やはり後ろめたい気持ちにはなるだろう。その点、『リングフィットアドベンチャー』なら、酒の肴として運動を楽しむこともできるのだ。誰にも怒られる心配はない。それにこのゲームは一回一回が本当に疲れるので酔った勢いがないと私はやる気にならないのである。

で、そのようにしてプレイしていて思ったのだが、現状から一歩進み、ニンテンドーががっつりと「酒とフィットネスの融合」に取り組んだらどうなるだろう。私はそれを想像して鼓動が早まるのを感じた。

タイトルを仮に『リングフィット酒ベンチャー』としよう。「さけベンチャー」と読んでもらいたい。そのゲームをスタートすると、まずナレーションが流れる。

「体を大きく動かしてもぶつかる心配のない距離に、飲みたいお酒を用意しよう。でも、まだ飲んじゃだめだよ!」
「用意ができたら、太ももにコントローラーをセットし、リングコントローラー(輪っかのこと)を持とう!」

そうして画面が切り替わると、プレイヤーは郊外の都市を思わせる空間にいる。「走ろう!」という表示が出るので、実際に両足をちゃんと動かしてステージの中を走っていく。階段や坂は腿を高く上げないと登れない。それができていないと、「しっかり腿を上げよう!」という表示が出る。途中には行く手をふさぐように敵が待ち受けており、スクワット、プランク、腿上げなど各種のトレーニングをこなして攻撃して倒さなければならない。これが結構ハードで、早くも額に汗がにじむ。

さらに進んでいくと、ようやく「いこい」という暖簾のかかった古びた酒場が見えてくる。店の前に立っているボスをなんとか倒したらようやく待望のナレーションだ。

「よくがんばったね!飲みたいお酒を飲んでいいぞ!ただしほんの一口だけだぞ!すぐに冒険を始めよう!」

プレイヤーはすぐ「いこい」を出て、今度は急な斜面をのぼって高台のステージへと進んでいく。そこでイノシシみたいな姿をしたボスを倒すと「よくがんばったね!好きなつまみを一品だけ食べていいぞ!」というナレーションが流れるのだ。

このようにして、プレイヤーが効率よく体を動かしながら、その報酬としてお酒や料理を無理のないペースで楽しめるように配慮されている。ものすごい長い坂道のステージを走っていくと、しばらく一休みして酒もつまみも味わっていいと許可される。苦労の後の酒の旨さが、また次のステージへ挑戦しようという気持ちをかき立てるのだ。

『リングフィット酒ベンチャー』が出たらすぐ買うのにな、と思いながら私はすだちチューハイを作りに台所へ向かった。包丁ですだちの果実を半分に切り、グラスの上でギュッと搾る。果汁の最後の一滴まで残さず搾り切りたいから、すごくがんばる。手がプルプル震える。「ああ、これもフィットネスだよな」と私は思った。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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