世界を割る
「世界を割る」第54回

第54回 「アップル」という名のミカン味のジュースで割って飲む

「世界を割る」第54回

この「続・世界を割る!」というコーナーも、前身となる「世界を割る!」から数えると今回でもう54回目だ。ありがたいことに、読者の方からのタレコミまで入ってくるようになった。先日、こんなメッセージが届いたのだ。

ひとネタいかがとDMさせていただきます。神戸は兵庫区、長田区。お好み焼き屋さんや銭湯、駄菓子屋さんとかに置いてる地元飲料「アップル」(ナオさんならご存知かと…)割り、いかがでしょう?(リターナブル瓶飲料で店から持って帰れないので、焼酎と割れるのは立ち飲み屋でアップル置いてる新長田の「ためがね酒店」くらいかも…?)

神戸の飲料メーカー「兵庫鉱泉所」で作っている「アップル」という名のジュースがある。「アップル」という名前だけどみかん味という不思議な飲み物で、神戸のご当地ジュースとして知られるものであるらしい。

メーカーに取材したネット記事もあって、それが面白いのでよかったら読んでみて欲しい。)

私はそのアップル自体は飲んだことがないのだが、かつて京都の九条あたりのお好み焼き屋に行った時、「みかん水」というのがメニューにあって飲んだことがある。それも地元の小さな飲料メーカーが作っているとお店の方が教えてくれたから、その味を思い浮かべ、「きっとああいうものなんだろうな」と想像した。「町工場」といわれるような小さな規模の企業があちこちでこういう飲み物を作っていた時代があったんだと思う。私が住む大阪にも、昔からずっとラムネばっかり作っている工場とか、小さな駄菓子メーカーとか、そういうものが今も少しだけど残っている。

とにかく、神戸にはアップルがある。そしてそのアップルは、神戸市主催の「駄菓子屋・アップルスタンプラリー」という、アップルが販売されている神戸市内の店舗をめぐると景品がもらえるイベントが開催されてることからもわかる通り、ちゃんと神戸市にネタとして取り上げられるぐらい(たぶん)大事に思われているようである。

そのアップルはリターナブル瓶に中身を詰めて販売されているから、お店で飲んだらその場で瓶を返す。つまり通販で買ったり、家に持って帰ったりができないわけだ。ということは、もし、「アップルで焼酎を割って飲んでみたい!」と思う人がいたら……アップルを口に含んだ状態で店を出て、すぐポケットから甲類焼酎を取り出して口の中に足し入れるしかない……。

いや、実際はアップルを出しているお好み焼き屋さんなんかで焼酎と一緒に注文して勝手にちょいちょいと足したりする手もありそうだが、まあ、とにかく、先述の読者の方のタレコミに戻ると、新長田の角打ち「ためがね酒店」に行けば、アップルも飲めるし焼酎も飲める、なので気軽に割って飲むこともできますよ、と、そういうことだったのである。

教わった通り、新長田の駅から歩いて5分ちょっとの距離にある「ためがね酒店」へやってきた。通りを挟んだ目の前には新長田合同庁舎がドーンとそびえ立っているが、「ためがね酒店」はそれと対照的に、いかにも町の酒屋さんといった感じの小さな店である。

店の外にも「アップル入荷しました!」と貼り紙が見つかるぐらいで、ここでアップルが飲めるのは間違いないらしい。店に入り、お店の方に「あの、アップルで焼酎を割って飲みたいのですが」と言ってみると、「え…アップルで?」と驚かれてしまった。

慌てて「前にここでそういう飲み方をして、それが美味しかったと教えてくれた方がいたんです」と、事の次第を説明してようやく思いが伝わった。そんなことをしようという客は滅多にいないのだろう。面倒なことを言って申し訳なかった。

ジョッキに麦焼酎を注いだものとアップルの瓶が目の前に運ばれる。まず、アップルだけを一口飲んでみる。うまい。想像よりもさっぱりした味。もっと甘ったるいかと思ったがそうでもない。こういう味でありつつ、炭酸飲料ではないというのが新鮮な気がする。お好み焼き屋でよく提供されているというのも分かるな。ソースの味を清涼感とともにスッと流してくれそうだ。

で、そのアップルを麦焼酎の入ったジョッキにドボドボと注いで飲んでみる。それぞれ別々に飲んだ方がよさそうだなとも思ったのだが、いや、意外にも相性がいい。麦焼酎の風味と違和感なく融合している。うむ、うまいじゃないか!かなりのスピードで飲み干してしまった。二杯目は普通のチューハイを注文し、それを飲みながら「これはあれだ、チューハイとアップルを同時に注文して、自分で勝手に注ぎ入れるというのが一番お店の方に面倒をかけない方法かも」と思ったりもした。

そんなことを考えながら飲んでいたら、常連さん二人組が店主に「テレビのリモコンどこ?」と聞いた。店の隅、高い場所に置かれたテレビの画面にはさっきまでワイドショーが映っていたのだが、常連さんがリモコンを操作して、それを国会中継に切り替えた。岸田首相が「所信表明演説」をしている、その模様が映し出された。

その後に聞こえたやり取りが最高だったので書き記しておきたい。

「国会中継か!こんなかっこいいのつけんの?」
「こういうのな、しっかり見といた方がええよ。10万円、当たるかもわからへんで!」

以上。「10万円当たるかもわからへん」、こんな風に軽やかに国会と角打ちの空間をつなぐ言葉が他にあるだろうか。なんてしびれるやり取りだろうと思って感動した。

頼むよ!困ってる人がたくさんいるんだからどんどん支援してくれ!10万円と言わず、みんなにバンバンお金が当たるようにしてくれ!

そう思いながら私はチューハイを飲んでいる。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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