世界を割る
「世界を割る」第22回

第21回 温泉の湯で割ってみる

「世界を割る」第21回

熊本県に行ってきた。関西空港から熊本空港までのジェットスターの路線ができて(というか、以前あったのが一回休止になって、また復活したらしいのだ)、その再スタートセール期間に往復5,000円ぐらいでチケットを売りに出していて、それで行ってきた。

旅先では東京から熊本に来ていた仕事仲間のハセガワさんと一緒に行動し、色々食べたり、町を散策したりして過ごしたのだが、一日、レンタカーを調達してハセガワさんが運転してくれるのに身を任せ、あちこちめぐった。私は自動車免許を持っているのだが、取得したての頃に数回乗って、自分にはこのとんでもないスピードを出して左や右にもいきなり曲がったりもできる機械を操縦する資格がないと悟った。いや、その資格が自動車免許だということは分かっているのだが、そういうことじゃなく、根本的に向いてない。向いてない人にも免許は取れるのだ。というかそもそも自分はなぜ一丁前に免許が欲しかったんだろうか。

ずいぶん昔のことなのではっきりとは覚えていないが、大人になったら免許ぐらい取るものだ、みたいな凡庸な思い込みがあったのと、すでに免許を取って自分をドライブに連れていってくれる友人がかっこよく、うらやましく見えたのと、恋人ができたら一緒にどこかに出かけたいなどとも思っていた気がする。しかし、免許を取得して初めての運転の際に、妹を乗せて出かけたら「お兄ちゃんの車には二度と乗らない」と断言された。判断力がなさ過ぎると。

それから少しして、今もチミドロのメンバーとして腐れ縁的な交流の続いているクスモト君が当時付き合っていた走り屋仲間たちと「峠を攻めようぜ」ということになって、そこに私もなぜかいた。急なカーブの続く峠をスピードを可能な限り落とさずに曲がりきる。今こう書いてみても何が楽しいのか全然わかんねえ!その会に私もいて、グイグイ曲がる車に揺られてすっかり酔っていたのだが、ハンドルを握り続けていた、金髪で脱力しきったような独特のしゃべり方をする走り屋仲間の一人(でも、しゃべったらすごい気さくな良い奴だった)がふいに後部座席に振り返り、「運転、する?」と私に言ってきたのである。

「結構です」と言えばよかったのだが、その時、なんか虚勢を張りたい気持ちになり、「おう、俺が?おう。じゃあ、する」みたいに言ってしまってハンドルを握り、峠を攻めることになった。しかし、攻め方が全然わからない。怖すぎてスピードなんか出せたものじゃなく、時速5キロぐらいでノロノロとカーブを曲がって、また次のカーブを曲がって、としていたら、走り屋青年に「あれ、君、大丈夫?」と言われたので、「あ、俺、峠って攻めたことないんだよね……」と言って運転席を出た。その時、走り屋青年に「最初、すごい遅いから、逆にすごいワザ持った人かと思ったわ」と言われ、私は「車、嫌い!」となったのであった。

さて、そんな私がハセガワさんの運転する車に乗って熊本県内を走っていた。そして、事前に検索して「ここヤバそう!」と目的地候補にしていた「湯の屋台村」という温泉施設に到着した。その温泉は、店主が建設業者の手を借りずにすべて自分や手を貸してくれる仲間たちの力だけで作り上げたものらしく、普通の建物にはないオーラが漂っている。入浴料は200円。先客がちょうどお風呂を上がって出ていき、自分たちだけの貸し切り状態に。肌がツルツルする湯にのんびり浸かってくつろいだ。

施設には食堂も併設されていて、そこで食事しながら店主のお話をたっぷり聞いて、それがまた面白かったのだが(その内容については今度WEB記事が公開される予定なので良かったら読んでみてください)、その中で店主が、「うちの料理は全部温泉水を使ってる。お客さんはみんなペットボトルに汲んで帰って焼酎を割るんです」と言っていて運命を感じた。まさにこの連載のためにこの場にたどり着いたかのようじゃないか。早速お湯をいただき、宿に持って帰って、熊本県産の米焼酎として有名な「白岳」を割って飲んでみた。相当旨い。焼酎の味が明らかに変わる。風味が引き出されるような。というかそもそも温泉水自体が、まるでダシのように旨いのだ。

大阪の自宅まで持って帰ってきた温泉水はあっという間に無くなってしまった。またあれを汲みに行こうと思ったら、今度こそハンドルを握らなければならない。

※スズキさんの執筆された記事が公開されました。ぜひご一読ください!
オール手作り温泉200円に、名物「馬丼」500円って……。熊本に強烈なスポットを見つけてしまった - メシ通 | ホットペッパーグルメ

スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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