世界を割る
「世界を割る」第73回

第73回 「かちわり氷」で割る

「世界を割る」第73回

夏の高校野球を見に、甲子園球場へ行ってきた。何年か前から、飲み仲間たちと大会期間中のどこかで都合をあわせて野球を見に行くようになった。といっても私たちのスタンスはよこしまなもので、タイミングが合った試合を見ながら酒を飲めればそれでいいというか、いや、球場の雰囲気とか、目の前で試合が行われているのをじっと眺めている緊張感とか、そういうものもあってこそなのだが、とはいえ、真剣な人に申し訳ないような態度ではある。

まあ、そういうライト感覚な観客もいていいじゃないか。外野席の上の方で、周囲の人の邪魔にならぬよう、静かに試合を見ながら酒を飲んでいるだけである。

という、そんなことをやっていて、今年も誰からともなく飲み仲間と連絡を取り合った。そして、週末の早い時間の試合ならみんなの都合がつきそうだということになって、一人がオンラインでチケットを予約してくれて、今年も見に行くことができた。

しかし、この夏は本当に暑かった。気象庁の報告を目にしても世界的に異常な暑さだったというし(というか、この原稿を書いている9月初旬もまだまだ全然暑い)、そんな炎天下で高校生たちが野球をすることに対する否定的な意見もあちこちで聞いた。

実際、酒を飲みながらほんの少し観戦しただけの私が言えたものではないが、この暑さはもう、夏らしさとかでもなんでもなく、ただの過酷な環境という気がした。私は春季の選抜高校野球を見に行ったこともあるのだが、快適さが違った。スポーツするための適切な気候、気温というものがある気がする。

で、そんなことを言いつつも今年も甲子園球場へ来た。

「世界を割る」第73回

私が仲間たちに少し遅れて到着した時、ちょうど前の試合が終わったところで、その試合を応援するために来ていた高校生たちが列を作って退場していくのとすれ違った。試合に負けたチームの応援団のようだったが、ワイワイと賑やかな感じで、球場に来ると、選手だけでなく、試合を構成しているファンとか関係者とか、そういう人々の存在も感じられるのがいい。

チケットを提示して球場内に入り、仲間たちが待っている外野席へ。その日の第2試合がまさに今、始まるところだった。球場内を歩いている販売スタッフ(しかし選手もそうだけど、この、球場内を歩いてビールやつまみを売るスタッフは相当な苦労だろう。背中に重いタンクを背負っている人もいる)から生ビールを購入し、飲む。

「世界を割る」第73回

冷えていてめちゃくちゃに美味しい。しかし、それにしても、わかっていたことだけど屋根も何もないから日差しがキツ過ぎる。帽子は持ってきていたけど、そういうレベルではない。これは1試合が限度だな……と、早くも腰が引けている。

私が見た行ったのは準々決勝が4試合行われる大会の大詰めで、週末だったし、もっと客席が埋まっていてもおかしくなさそうなものだったが、外野席には空席が目立った。それもやはりこの暑さのせいではないだろうか。この環境である程度快適に試合を見ようと思ったら、日差し対策とともに、最近よく見るハンディタイプの送風機とか、首元をしっかり冷却できるグッズとか、そういうものが必要な気がした。

私が首に巻いて来た冷却リングはとうに冷たさを失っており、そうなると体を冷やすにはあれしかない。「かちわり氷」だ。

かちわり氷は兵庫県西宮市にある梶本商店という企業が製造している商品で、ビニール袋に砕いた氷がゴロッと入れられたもの。これも球場内を販売スタッフが回って売っていて、購入するとストローも一緒に手渡される。袋ごと体に当てて首だの頭だのを冷やし、そうしているうちに氷が溶けてきたらストローを差し込んで中身の冷たい水を飲む、と、2段階に使うことができる。

何年か前、マンガ家のラズウェル細木さんやそのお仲間たちと一緒に、同じように夏の甲子園に来た際、みんなでかちわり氷を買って、最終的にはその袋の中に甲類焼酎を注ぎ入れて飲んだ。以来、かちわり氷を上手に酒に転用するのが界隈の習わしになったのだった。

今回は飲み仲間が「岩下の新生姜サワーの素」という商品をスーパーで事前に購入してくれていて、かちわり氷が溶けたところにそれを注ぎ、さらに炭酸水を加えて、ちょっと薄めの新生姜サワーを即席で作った。ビニールに入っている液体をストローで吸って飲むので、見た目的にはだいぶ豪快なのだが、その味わいはこの上なく爽やか。溶けたての水が冷たくて、体に染み渡るようだ。

「世界を割る」第73回

うまい……しかし暑いな……。うなだれながら、私は中学生時代、野球部に所属していた時のことを思い出した。夏休みに午前中から昼過ぎまで練習をして、最後にグラウンドを何周か走って解散。そこから私の家までは徒歩10分ほどの距離だったのだが、一人で歩いていて、途中意識が遠のき、思わず道端にしゃがみ込んだ。

しばらくそのまま動けずにいると、そこに通りかかったご婦人が「大丈夫?家はこの辺り?」と、声をかけてくれた。そして私に付き添って帰り道を歩き、途中の自販機の前で「何か飲みたいものある?」と聞いてくれた。コーラを買ってもらって、それを手に家まで送っていただき、ご婦人は帰っていった。

私は家の椅子に体をすっかり預け、買ってもらったコーラを飲んだ。あのコーラの美味しさ。冷たい液体が体に行き渡る感覚……。今も忘れられない。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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