世界を割る
「世界を割る」第43回

第43回 ふりかけで割る

「世界を割る」第43回

先日、雑誌の企画で缶チューハイに色々なものを足して飲んでみる、というのを試した。思いがけず美味しくできたものも多く、発見もあり楽しかったのだが、その中の一つで「赤しそ味」のふりかけを入れてみるというアイデアがあった。

グラスにあけた缶チューハイの中身が、赤しそふりかけによって無色透明からほのかなピンク色に変化し、香りと酸味と塩気がプラスされちょうどいい具合になった。「こりゃあいい!家でまた試そう」と思い、これからやってみるところだ。

キンミヤの水割りに「赤しそ」「のりたま」「ごましお」をふりかけて飲んでいく。まず「赤しそ」からだ。何回か試した結果、惜しみなくたっぷりめにふるかけること、グラスの底に沈殿してしまいがちなのでよくかき混ぜながら飲むといいことなどを学んだ。悪くないが、取材の時に試したチューハイの方が相性がよかった気もした。炭酸が重要なのか?

「のりたま」はどうだろう。グラスを口に近づけると最初に海苔の香りが漂ってくるから笑ってしまう。玉子のかけらみたいなのが浮いている見た目は決してスマートとは言い難いが、いやしかし、赤しそよりこっちの方が水割りには合う気がする。飲んでいるとご飯に「のりたま」をふりかけて食べたくなる。お腹が減る味だ。

最後に「ごましお」を試す。水面にごまが浮き、塩は沈んでいく。「へー!こうなるんだー」と、実験のようである。シンプルな味だから合わないことはないだろうと思っていたのだが、そのシンプルさゆえにかえって「これぐらいなら別にふりかける必要ないんじゃない?」と思ってしまう。

次から次へと斬新な風味の酒をあおったせいで強い疲れを感じた。布団の上に横たわりながら、夕方、スーパーで買い物をする時に思ったことの続きを考えることにした。

スーパーで私は小ネギを買おうと思った。私が行くスーパーでは、野菜類が並んでいるメインの棚と別に「産直とれとれコーナー」みたいな名前の棚が設けられていて、そこには形は少々不揃いだが、活きのよさそうな野菜が置かれている。メイン棚の方に並べられているパッケージもちゃんとしているような商品と違って、どれも包装は素っ気ない。そこに生産者の名前を印字したラベルが貼られていて、小規模な体制で作られたらしい雰囲気が伝わってくる。

メイン棚の小ネギはだいたいいつも同じ産地の同じブランドのものが並んでいて、何度も買っているから味もわかるし、長さが揃っていて使い勝手がいいのも知っている。しかし、長さも太さもまちまちな「産直とれとれコーナー」の小ネギの方がやはりネギそのものの味は濃い。それに、小規模な生産者の方にお金がまわっていくイメージで買い物ができる方が自分にとって気持ちがいい。

小ネギの価格は、メイン棚の方が98円。「産直とれとれコーナー」の方がだいたい128円ぐらいだった(形や量によって値段が違うので、中には88円ぐらいのものもあった)。まあそんなに違うわけではないし、私は迷うことなく「産直とれとれコーナー」の方を選んだ。

しかし、スーパーを出る時にふと考え始めたのだが、5年前の自分だったら絶対にメイン棚の安定した値段のものを買っていたと思うのだ。その頃の自分は今の半分ぐらいしか仕事がなく、月収が10万円に満たない月がほとんどだった。というか、そんな暮らしだから、あくまで「薬味」である小ネギは贅沢品で、買うのを我慢することも多かった。

いや、小ネギは自分にとって薬味を越えた重要な存在で、刻んだそれにポン酢をかけて食べるだけで幸せなほどであり、小ネギを我慢するぐらいなら他の野菜や肉を減らす方がいいぐらいだったのだが、まあそれはいいんだ。

とにかく今の自分には5年前よりも余裕があるのだ。ありがたいことに毎月文章を書いてお金を得られる先がその頃より少し増えたこと、数冊の本を出すことができ、その分のまとまったお金が今年の中頃に入ったことが今の私の気持ちの余裕の源泉になっている。

5年前、ライター業を始めたばかりの頃はほとんど仕事がなく、あっても1本書いて5,000円もらえる無記名の仕事が月にいくつか、という感じだった。飲食店等を取材をして書く仕事だったのだが、その5,000円の中に交通費も経費も含まれているから、実際に得る利益は3,000円ちょっとだった。

取材してそれを文章にして先方に確認してもらって、とかでだいたい2日~3日はかかる。それを月に10本書いたところで……という感じだ。見かねた友達が仕事を振ってくれると、その報酬がいつ入金されるのかを確認するために何度も相手に電話をかけ「まだですか?いつもらえるんでしょうか」とたずね、長い付き合いのあった友達と気まずくなってしまったりもした。

ちなみに私には同居しているパートナーがいて、そっちも仕事をしてお金を得ているから、私がすぐに飢えきってしまう危険性は低かった。しかし、家全体として生活費に余裕があるわけではなく、普段の食費はとことん切り詰める必要があった。

そんな状態では、当然だが一番安い野菜を買うしかないのだ(「今の私は余裕がある」と書いたけど、こんな状態が続く保証がどこにもないことも知っている。連載がいくつかなくなったらすぐ元通りだ)。

ちょっと値が張っても自分にとってよりいい方の野菜を選ぶという選択、それがたった30円ほどの小さく見える差でも、困窮すればそんな選択肢はなくなってしまうのだ。

みんなが生存に対する不安を感じることなく生活できて、そこからさらにもう3万円、、いや5万円、できれば10万円ぐらい上乗せで一人一人がお金を得られたら、お金の流れは絶対に変わるのにと思う。最低価格の野菜じゃなく、より濃い味のする野菜が買える。頑張ってほしい人や企業にお金を払えるはずなのに。

今より選択肢が無かった頃のことは忘れようとしても忘れられそうにないし、忘れないで生きていたい。ほんのちょっとの余裕がどれだけ生活に潤いをもたらすか、身をもって知った。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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