世界を割る
「世界を割る」第44回

第44回 豆乳で割る

「世界を割る」第44回

大阪・西九条の「こばやし」という立ち飲み屋を取材させてもらったことがある。阪神電車の高架下にあって大きなコの字カウンターが特徴的な店だった。ご夫婦で切り盛りしていて、お二人との会話を楽しみにお客さんが来るような店。その「こばやし」は、2020年の10月末、創業40年の歴史に幕を下ろした。

閉店の理由は高架下の耐震工事だった。でも、「立ち退きを迫られてやめる」みたいな感じではなく、ご夫婦もご高齢になり、「場所を移して続けるのもねぇ」と、そのタイミングをきっかけにやめようと決断したんだという。工事が始まる直前の10月末を閉店時期と定めて営業を続けていたが、その後、旦那さんが急な病気で亡くなり、奥様一人になったところをご夫婦の娘さんたちがかわるがわる店に来て支え、という感じで大変な時期を力を合わせて乗り越えるようにして営業を終えた。

私はその閉業間際に顔を出して取材をさせてもらった。お店にとってはお邪魔な存在だったかもしれないなと、思い返すたびに少し申し訳ない気持ちになるのだが、お店のみなさんもご常連さんもあたたかく迎えてくれた(気がする)。

その「こばやし」の料理はご常連さんに言わせると「どれもいたって普通」で、「ここのこれが絶品なんだよ!」という何かがあったりするわけではなく、いかにも立ち飲み屋にあるようなオーソドックスなものばかり。おでんやドテ焼きやポテトサラダや、という感じだ。

そんな中、常連さんがよく食べていたのが「アゲアゲ」というメニューで、それは「厚揚げをもう一度揚げたもの」なのだった。強いていえばあれが「こばやし」の名物料理だったのかもしれないと今思う。

厚揚げは近所の豆腐屋さんから仕入れている。それをお店でもう一度揚げ、小ネギをドサッと乗せて出す。そこに醤油をかけて食べる。外側がカリッカリになって中はまだ柔らかくて、妙に旨い。ちなみにその厚揚げはおでんのタネにもなる。冷奴を注文して出てくる豆腐も同じ豆腐屋さんから仕入れたものだ。

というその仕入先の豆腐屋さんは「こばやし」の近所にあって、こちらは今も営業を続けている。同じ「こばやし」という名の豆腐店だが直接の関係はないらしい。

「世界を割る」第44回

立ち飲みの「こばやし」が無くなった今も、豆腐の「こばやし」で豆腐を買って食べればそれはほぼあの店の味と同じはず。厚揚げを買って家で揚げれば「アゲアゲ」を再現することだってできる。だから私は今も西九条に用事があっていくと「こばやし」で豆腐や厚揚げを買う。

豆腐って、スーパーで買うものよりも豆腐屋で買うものの方が段違いに美味しい。あんなに差があるものもそう無い気がする。

いや、あるか。私の家の近所には個人店があまり無くて、食料を買おうと思うといつもチェーン系のスーパーを利用することになる。

ある時、取材先からの帰り道に精肉店があって、何の気なしにそこで一番安い豚肉を買って帰ったら、いつもスーパー買って帰る豚肉とレベルが違う美味しさで、しかもスーパーの値段より安かった。野菜なんかでも八百屋で買ったものがスーパーにいつも並んでいるものより味が濃くて美味しいということはよくある。

まあとにかく、豆腐屋さんの豆腐はそういう、「スーパーとは段違い」の代表格であろう。だからチャンスがあれば積極的に買うようにしている。

豆腐の「こばやし」では豆乳も売られている。ビニール袋に入っていて一つ70円。これも美味しいので、豆腐を買う時、いつもセットで買うようにしている。ここの豆乳はサラッとして飲みやすく(めちゃくちゃ濃いのも好きだけど)、これで焼酎を割って飲んだら美味しいんじゃないか、と思った。

以上が今回、焼酎を豆乳で割ることになるまでの前段である。ようやく飲む。うむ。今回は焼酎を少し薄めにしたのがよかったのか、グイグイ飲める味わいに仕上がった。もし「豆乳割り」が立ち飲み屋の方の「こばやし」のメニューにあったら常連さんが面白がって飲んだかもしれない。少なくとも私は飲んだはず。そんな想像をする。

何がいいって、飲み終えた後の罪悪感の少なさだ。酒の飲み過ぎが体に負担をかけるとしても、そのまま飲むよりは豆乳と一緒に飲んだ方が少しマシだろう。だって豆乳は体にいいんだから。

そんなわけでグググッと飲んだからあっという間に豆乳割りは無くなってしまった。また西九条に買いにいかねば。立ち飲みの「こばやし」は無くなってしまったけど、今もこんな形で私につながっている。そう思うと、少し嬉しい。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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