世界を割る
「世界を割る」第83回

第83回 にごり酒を炭酸で割る

「世界を割る」第83回

美味しい酒とつまみが好きで、よく飲みに誘ってくれるYさんと神戸・元町で待ち合わせた。「せと果」という日本酒バーの店主とYさんが知り合いで、そこで飲むお酒が旨いのだと、平日の開店時間である15時に合わせて行くことになった。

梅雨の晴れ間で、外はカンカン照りで暑過ぎて、駅から店までのちょっとの距離を歩くだけでふらふらになったが、店内は涼しい。手触りのいいL字カウンターがあって、6~7席ほどの、ちょうどいい大きさのお店だ。

お店には瓶ビールも用意されていて、暑い外からの冷えたビール!と、いつもならそうしているところだが、こんな気温に合う燗酒もあるとのことで、それをいただく。千葉県勝浦市の海沿いにあるという蔵元・東灘醸造の「鳴海(なるか)」というお酒を、ぬる燗で出してもらった。派手過ぎない香りが優しく広がって、後味はすっきりしている。暑い体をガツーンと冷やす感じとは違って、やんわり緩やかに体の渇きを潤してくれるような、絶妙な加減。

この「せと果」には、お酒にあった小鉢もその日その時のものが用意されているのだが、出していただいた肉みそ(山椒の風味が利いていて最高)とか、冷ややっこ(なめたけや大葉を刻んだのがたっぷりのっていて最高)とか干物とか、全部がちょうどいいのである。それぞれが主張し過ぎず、日本酒の味わいと一緒になって楽しませてくれるような。

おすすめの日本酒を、それぞれのお酒に合った温度でお燗したり、少し加水したり、これまた絶妙な加減で提供していただき、一合半をYさんと分け合って、のんびり飲んだ。その途中で「この飲み方が好きなんです」と女将さんが教えてくれたのが、にごり酒のソーダ割りだった。にごり酒を3、ソーダを7の割合(4:6に加減する時もあるらしい)で割って、つまり、お酒の味はそこまで濃く感じず、炭酸の爽快感が心地いいような仕上がりになるのだが、これがすごくよかった。にごり酒の銘柄を聞き忘れてしまったが、もちろんそもそも美味しいお酒だったに違いない。が、自分でにごり酒を調達して真似しても、きっと美味しくなりそうな気がした。

いつも甲類焼酎を何かで割ってみることの多いこの連載だが、日本酒を割ってみる手もありそうだ。今後研究していきたい。

で、ここからは宣伝なのだが、2024年7月25日に『家から5分の旅館に泊まる』という本が、太田出版から刊行されることになった。

太田出版のWEBサイト「OHTABOOKSTAND」に2年ほどかけて連載していた「自分を捨てる旅」というタイトルの旅コラムがあって、それをまとめて改題・加筆・修正したのがその『家から5分の旅館に泊まる』という本である。

海外の、あまりみんなが行かない国に行くとかでもなく、行った先の郷土料理を徹底的に食べ尽くすとかでもない、小規模で個人的な旅の記録ばかりが収められている。特に宛てがなくても、行き先が割と近所でも、旅をするつもりで出掛ければ、自分の感覚が旅モードになる。目の前にあるものをよく見ようと思えたり、見たものがきっかけになって思いがけず過去の記憶が呼び起こされたりする。旅に出たことによって起きた自分の反応を淡々と記録してみようと思って書いたシリーズだった。

鳥取県米子市に旅した時のことを書いた回も収録されている。2023年2月、1泊2日で行ってきたのだが、その旅の終わりに「ローダンのラーメン」という、鳥取県と島根県に数軒あるローカルチェーンのラーメンを食べた。

注文した「正油味ラーメン」のスープは透明感があって塩加減はあっさりしていて、でも旨味はしっかりとある感じで、トッピングでつけた生卵を少しずつスープに溶かしていくとまろやかな味わいになっていく。麺は中太でちぢれていて、歯ごたえがあって好きだ。

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私が「正油味ラーメン」を食べていると、後からお店に入ってきたご常連らしき3人組がみんな「みそ味ラーメン」を注文した。「あっ!そっちも絶対美味しいんだな」と思ったけど、明日また来るわけにはいかない。「またいつか」と思いながら数時間後の電車に乗って大阪へと帰った。

それから1年数か月が経った2024年の6月、用があって再び米子に行くことになった。ちょうどよく昼過ぎに空き時間ができ、また「ローダンのラーメン」へ行き、今度は「みそ味ラーメン」を食べた。みそ味とはいえ、濃い味噌の感じではなく、あくまで味わいはあっさりしている。

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「なるほどな。これがこの店の味噌ラーメンだったのか」と、昨年の自分が味わえなかった味を、1年後の自分が確かめている。

とはいえ、店のメニューには「正油味キムチラーメン」「みそ味キムチラーメン」もあり、「正油味焼豚ラーメン」「みそ味焼豚ラーメン」もあり、「ギョウザ」もある。いつかやっとそれをコンプリートできたとして、他にも美味しいラーメン屋が米子にはたくさんあるだろう。

一回の旅で知れることはほんの少しで、たとえその地にまた行くことができたとしても、知り尽くせないことをいよいよ痛感するだけだ。「ああ、無限」と、自分の生きられる時間のあまりの足りなさに言葉が出ずに、心がシーンとする、その感覚を味わいたくて、またどこかへ行こうと思う。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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