世界を割る
「世界を割る」第63回

第63回 地下から屋上に一気にのぼって割る

「世界を割る」第63回

目が覚めた。カーテンの隙間から窓の外を見る。よし、天気予報通りの好天だ。いや、それが、よくないのである。天気は確かにいいのだが、すっかり寝坊してしまっている。本当は朝早くから神戸方面へ電車に乗って、掬星台に行こうと思っていた。

「掬星台(きくせいだい、と読む)」は六甲山系の摩耶山の山頂にある展望広場である。神戸の町と海が遥か眼下に広がる眺めも素晴らしいし、ケーブルカーとロープウェーを乗り継いで山頂へ向かうその途中の景色も好きだ。気候のいい秋の日に掬星台にのぼることができたら最高だろうなと思っていた。

が、寝坊した。慌ててシャワーを浴びて身支度を整えたが、もう14時過ぎだ。私の住む大阪からでは、今から向かっても着くころには夕方近いだろう。あーあ、泣きそう。そんな私に「ポケモンセンターいつ行くん?」と小学4年生の子どもが聞く。

昨夜、私は子に対して「明日、山に登ろうよ、その帰りに梅田のポケモンセンターにも寄るし」と言った。ただ見晴らしのいい場所へ行こうなどと誘っても断られることはこれまでの経験上、目に見えていたので、ポケモンセンター行きと抱き合わせにしてみることにしたのだ。すると案の定、子は「え、ポケモンセンターも行くの?なら行きたい」と承諾した。

しかし私の寝坊によって掬星台行きは難しくなった。そして「ポケモンセンターに行く約束」だけが残ったのである。これで「やっぱ行かないことにした」などと言えば揉めることは目に見えていたので、仕方なく行くことにした。土日のポケモンセンターはめちゃくちゃ混むので全然気が進まない。

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梅田に出て、大阪駅の構内に直結している大丸デパートへ向かった。この建物の13階にポケモンセンターはある。喉が渇いていたのでまずは大丸のデパ地下で飲み物を買うことにした。スーパーマーケットの方の「紀ノ国屋」が地下フロアに入っていたので、そこで紅茶を買った。そのままエレベーターで13階へ。すると、ポケモンセンターでは混雑を緩和するために入店整理券を配っていた。いつも混んでいるけど、ここまでというのは初めてのこと。受け取った整理券を見てみると、1時間後にこの場所に再び来ると入店できるようである。

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子は「なんで?なんでだめなん?」と不機嫌そうである。ようやく行けると思っていたのに1時間待てというのだから無理はない。「混み過ぎてて1時間待たないとだめだってさ」「えー」「まあどこかで待てばいいよ。屋上ないのかな、ここ」と、エレベーターホールまで歩いてスマホで検索してみたら、屋上広場があるらしかった。

最上階の15階までのぼってみると「太陽の広場」と書いた案内表示がある。それが屋上スペースらしい。梅田周辺はよく歩くし、この大丸にも(主にポケモンセンターに行くために)何度となく来たことがあるが、屋上に出られるのを知らなかった。

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しかもこれが、決して広大なスペースとは言い難いが、ベンチやテーブルがあって、きれいで、なかなかに居心地がいいのである。さっき買った紀ノ国屋の「有機ダージリン紅茶」を飲みながら、酔った勢いで先日買った甲類焼酎のプラボトルがリュックに入っていたのを思い出した。割れるじゃないか。

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子にはコーラを買い、私は「有機ダージリン紅茶割り」を飲む。かなり薄めにした。紅茶のほのかな苦味と焼酎がよく合った。地下から(途中、一瞬ポケモンセンターには寄ったが)一気に屋上に出るこの行為、なんかいいなと思った。海に深く潜った後、プハーっと水面に顔を出して大きく呼吸するような感じ。のんびりしていて、いいな、この広場。

ポケモンセンターに入れる時間まで、まだ45分もある。私は思った。たしか阪急うめだにも屋上があるんじゃなかったっけ。阪急うめだも大丸と同じく大阪駅近くの老舗デパートである。駅直結の通路を歩けばここから10分もかからずに着くはず。子は「疲れた。行きたくない」と言っているが、「後でなんかお菓子買うから」と頼み込んでなんとか許可を得た。

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今度は阪急うめだのデパ地下で、甲類焼酎を割るのに適したドリンクを探したい。が、じっくり吟味する時間はない。パッと目に入った果物店「キムラフルーツ」で、パッと手に取った瓶入りのリンゴジュースをレジへ運ぶ。ゲッ!1本で税込み518円もする!しかしまあ、急ごう。エレベーターで屋上を目指す。13階までのぼると、屋上広場に出ることができた。

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ここはさっきよりさらにいい。人工芝が敷かれていて、テーブルやベンチもある。JR大阪駅やヨドバシカメラのあるあたりを見下ろすこともできる。おお、これはもはや、梅田の掬星台じゃないか。

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リンゴジュースは声が出るほど美味しかった。二口目を含んだところに焼酎を後から追加し、割る。うん。リンゴの味が鮮やかで焼酎にまったく負けない。ジュースの残りは子にやる。芝生に寝転んで空を見る。これはこれで、うん、いいぞ。

あっという間にジュースを飲み干した子が不安そうに「もう時間なんちゃうん?」と言う。まだ少し余裕はあるが、指定された時間に遅れると整理券の取り直しになるとお店の人が言っていた。早めに行っておこう。再び高い場所から一気に下降し、また大丸の中を上昇して、ポケモンセンターには無事行けた。私はポケモンのことはまったくわからない。ずらっと並んだぬいぐるみを見ても何も思わないが、強いて言えば「イシツブテ」という、石から直接手がにょきっと生えたようなモンスターの造形が好きかもと思った。

子の買い物(私には可愛さのよくわからないぬいぐるみ一個購入)が終わり、これで今日の用事は済んだ。「お菓子いつ買ってくれるん?」と聞かれてそういえばそんなこと言ったっけなと思い出し、「オッケー!じゃあ、お菓子とお酒買って『風の広場』で打ち上げしよう」と提案。「いいねー」とのこと。

風の広場は、大阪ステーションシティという、これまた大阪駅直結のショッピングビルの屋上スペースである。私が梅田で一番好きな場所だ。

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そこに行くまでに通りかかったコンビニで子にはグミを、私は缶チューハイを買い、再び屋上で一息つく。方角的に日が沈むあたりは見えないが、暮れていく空は目の前にじゅうぶん広い。やはり、梅田の掬星台といえばこっちかな。まあどっちでもいいが、それなりにいい一日だったな。子との会議で今日の晩御飯はキムチ鍋に決定し、「スーパーに買い出しに行かなきゃいけないから、そろそろ帰ろうか」と缶チューハイの残りを飲み干した。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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