世界を割る
「世界を割る」第68回

第68回 クコ、根昆布で割る

「世界を割る」第68回

Kさんに誘ってもらい、大阪市旭区千林にある「とくなが酒店」に行った。千林は「千林商店街」という、活気のある素晴らしい商店街がある町。その商品街は、天満の天神橋筋商店街と並んでテレビ番組のロケがひっきりなしに行われている場所で、きっとそれは、いわゆる“大阪らしさ(元気でノリのいいおばちゃん、ちょっと偏屈で面白いおっちゃん、個人商店がいっぱいある感じなど)”を、最も効率よくカメラに収められる場所であるからだろうと思う。

ちなみに私は大阪に住んでいて、大阪のあちこちについて書く時はできるだけ「この大阪の○○という場所はこんな場所で」と、来たことのない人にもちょっと雰囲気を想像してもらえるように書くようにしているのだが、これって東京だったら省けるから楽だなと思う。「新宿という町があって、そこはこんな場所で」という説明がなくても、みんな知っている。それは楽だけど、ちゃんとその都度説明しないと伝わらないかもしれない、と思っていることが今の自分にとっては大事な気がしているので、これからも毎回前置きしていくようにします。

とにかく、その、生活感溢れる、大阪市内でも有数の商店街のある千林という町の、商店街とは少し離れた場所に「とくなが酒店」はあって、角打ち好きで大阪のあちこちの店を飲み歩いているKさんが、「あそこよかったですよ!」と誘ってくれたのである。で、予定を合わせて二人で行った。

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店内の壁にはすごい数の短冊メニュー。

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また、それとは別にカウンターの冷蔵ケース内に惣菜が盛られていたりもするようで、選べなくて困るほどだ。

まずは生ビールを飲み、何品か目についた料理を注文した。

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黒酢の効いた、つまり一口味わった時に「酸っぱい!」と感じる自家製のチャーシューがいい。これは酒が進む。

私の目の前、少し上方にあるテレビを見ていたらいきなり「パリッコ」の文字。これは長い付き合いのある酒場ライターのパリッコさんのことではなく、おにぎりの海苔が乾燥しないように工夫されたフィルムのことらしかったが、しかし、こんなタイミングで目の前に「パリッコ」の文字が現れたら「見ているぞ」というメッセージだと思わずにはいられない。

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見守られている気分の中でメニューを改めてじっくり眺めていくと、ドリンクメニューの中に「健康焼酎」というジャンルがあって、「クコ酎」「ドクダミ酎」「根昆布酎」の3つがある。

それぞれ、クコ茶、ドクダミ茶、根昆布茶といったお茶があるから、それで焼酎を割ったものなのかと思ったが、前割りというか、あらかじめ焼酎に漬けてあるものなのかもしれないな。とにかく「クコ酎」を飲んでみる。

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ちょっと黄色がかったような色合い。飲んでみる。うむ、クコーッって感じがする。いや、わからない。どれがクコの味なのかわからないが、なんか、いい感じである。同行のKさんはドクダミ酎を注文し、「うん、いいっすね」と言っている。

それを二人が飲み終わったところで、根昆布酎を二つ注文。

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今度はちょっと白っぽいような色味だ。飲んでみる……めちゃくちゃ濃い!昆布の風味も濃いけど、それ以上にアルコール度数が濃い!カウンターの脇の根昆布酎が入っているらしき甕を見てみると、35度と書いてある。どうりで強烈なわけだ。

「これはすごい!」と圧倒されていると、カウンターに向かって飲んでいた常連のIさんという方に声をかけられた。ここに毎日のように来ていて、78歳だという。78歳の今でも地域のソフトボール部の監督をしているとおっしゃっていた。

Iさんが気前よく瓶ビールを一本御馳走してくれることになり、三人で話す。酔いもまわってきて、そこからはもう、怒涛のようにIさんのリズミカルなしゃべりに身を任せた。

「これだけ覚えとき、人間ゆうのは欲はストップできへん。人間ゆうのは、賢いようで、アホ!弱肉強食のあれや。ほんまやで。ここでな、みんなに言う問題がある。ええか、言うぞ。問題言うぞ。世界で一番高い山はなんていう山や!エベレスト。そうや。ほな、2番目に高い山は?これが問題や。K2ゆうねん。あんたのケツやないで。なんでK2やねん、思うやろ。その山があるカラコルムゆう地方で2番目に高い山ゆうことやねん。カラコルム地方で2番目に高い山ゆう、カラコルムのKや、その山だけその名前が残ってしもたんや。不思議や、山ってそれぞれ名前あんのに。不思議やろ。あれで調べたらわかるわ。閻魔帳、スマホや。でも山と海は美しいぞ。そのかわり怒ったら怖いぞ。俺の趣味なんや思う?山登り?その反対や。これを当てたら瓶もう一本や!山の反対や。ジャジャジャーン!素潜りで魚突くねん!モリで!」

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「モリで突いて、食うねん!当たり前や!筋肉すごいやろ!あんな、失敗は成功のもとやねん。杉の木みたいに一本気やないと!最後に一つだけ言う。僕は……竹が好き。竹ゆうのは必ず節があんねん。真っすぐでも必ず節があんねん。人生もそうやねん。会社定年した時に、ふとした時に、竹の節を思い出した。竹には節がある。人生にも節がある。僕はそういう風に考えた。節目節目というのもあるし、人に何か伝えるんでも、要所要所に節になるような言葉を使うようにしてんねん。さあ、今日の講義は高いぞ。よし、あれなんちゅうねん?三国志の、桃園の誓いか、桃園の誓いや、乾杯や!この三人は死ぬ時も一緒っちゅうこっちゃ、えらいこっちゃで!」

それからもしばらく飲み、最終的に私もKさんもへろへろになって外へ出た。クコ酎の味も根昆布酎の味も、もうぼんやりとしか思い出せない。また行かなきゃな。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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