世界を割る
「世界を割る」第81回

第81回 ラフランスのジュースで割る

「世界を割る」第81回

明け方、ひどい二日酔いで目覚めた。部屋のトイレ前にうずくまり、少し落ち着いたのでまたベッドにもぐる。夜から朝にかけて、予想以上に冷え込んでこの部屋の中も寒い。そうか、もうこんな時間だということは、結局、大浴場に入れぬまま寝てしまったんだな。

山形県米沢市のビジネスホテルに昨日から泊まっている。テーブルの上のペットボトルに手を伸ばし、カテキン緑茶を少し飲む。お茶の置いてあったすぐ横にラフランスのジュースと甲類焼酎の入ったプラボトルがあって、割って飲んだのだったっけと思う。確かな記憶はない。

次に気づくともう朝で、せっかく朝食付きプランにしたのだからと、急いで階下のビュッフェ会場に向かって朝ごはんをほんの少し、仏前に供えるぐらいの量だけ食べた。山形の郷土料理である芋煮や玉こんにゃくもあった。

部屋に戻ってもう一度横になり、チェックアウト時間ギリギリまでまた眠る。それで少しだけ具合が落ち着いてきた。まだ寝ていたいけど仕方ないので外に出る。上杉神社が近くにあるようなのでそこまで歩きつつ、昨日の夜のことを思い返す。

そんなにたくさんの量を飲んだわけでもないのに、なんでこんなに酒が残っているのか。部屋に戻ってまた飲んで酔いつぶれたからか。夕飯は駅前の食堂で中華そばを食べて済ませて、その後、ホテルの近くの居酒屋にふらっと入ったんだった。

入ってすぐL字のカウンターがあって、奥に座敷席があって、私が行った時はまだ誰も客がいなかった。私が入って来たので店主がスイッチをパチパチ押して、店のあちこちの電気をつけた。メニューを見て、焼酎の緑茶割りと、麻婆豆腐と、漬物盛り合わせを注文する。

すぐにもう一人、常連らしい雰囲気の客が店内に入ってきて、カウンター席の、私から少し離れた場所に座った。「マスター、生ビール!あと、何がある?」「メニューと、あとこの黒板だけです」「冷奴はある?」「できますけど」と、そのやり取りを聞くとはなしに聞いてしまっていると、どうやら常連ではなく、初めてこの店に来た人のようだ。

その人が生ビールを飲んで、私の方に顔を向けて、「こっちの方ですか?」と聞いた。「いえ、東京から新幹線に乗って来ました」「ああ、そう。こっちがご実家?」「いや、そういうわけでもないんですけど、山形が好きでどうしても来たくなって」「あ、そうなの。いいよね、米沢」とその人は言い、私は緑茶割りを飲む。

たしか、そんな風に、いきなり会話がスタートして、それから1時間ほど、少し離れた席の間で言葉を交わした。つまみを忙しく作りながら、時おり店主も話に加わった。じっくり振り返ってみれば会話の断片が記憶の中から掘り起こされるようにして少しずつ現れる。こんな話をした気がする、というのを並べてみる。こんな風だった気もするし、私の頭の中で勝手に加工してしまっている部分があちこちにあるかもしれない。

「世界を割る」第81回

「私はね。岩手出身なんですよ。住んでるのは埼玉なんだけどね。岩手の友だちに頼まれごとをして手伝いに来て、それが終わったんで、今日だけ米沢に泊って、明日帰るんだけどね。山形いいよね」

「いいですよね。米沢にこうして泊まるのは初めてなんですけど、よく親戚に連れてきてもらったんです。上杉神社に車で連れてきてもらったり」

「ああ、そうなんだ。親戚がこちらにいるの?」

「両親が山形出身で、山形市内なんですけど、子どもの頃からよく山形には来ていて、親戚もいるんです」

「そうなんだね。生まれは?」

「物心ついたのは東京でした」

「おお、ボーン・イン・トーキョーなんだ。東京生まれだから山形が好きなのかもしれないね」

「それはあると思います」

「私はね。もう70歳も過ぎたんだけどね、何もしないで家にいるとボケてくるからね。海外に30年いたんですよ。シンガポールとか中国とかね。貿易の仕事でね。4年ぐらい前に戻ってきたんだけど。日本もあちこち楽しいね。暇だし、自分で運転してあちこち行ってね、風来坊ですよ」

「そうなんですか。いいですね、それは」

「暇なだけでね。今日は立石寺に行ってきたんですよ」

「山寺ですね。石段がすごいところですよね」

「そうそう。僕ね、石段のフェチなんですよ。本当は羽黒山に行きたかったんだけど、あそこが2000とか2500段とかかな?立石寺もよかったけど、石段としては少し物足りない」

「へー!でも、立石寺もなかなか上まで行くのが大変だった記憶があります」

「いや、日光のね、霧降高原っていうのが1445段あって、そこはもうただただ階段なの。頂上に何があるわけでもないんだけどね」

「はは。もう純粋な石段なんですね」

「そうそう。あれがもう、たまらないんだよね」

「さすがですね。あそこはどうですか?金比羅山っていうところに行ったことがあるんですけど」

「おっ、やるね。そう。そうなんだよ。金比羅山はね、2000ちょっとだったかな?石段のランキングがあるんだけどね、鳳来寺山っていうのもすごいんだよ。久能山もすごいんだ。石段の幅が狭くて、つまり急なんだ。家康ゆかりの地でね。結構これがきついんだ」

「石段の段数を考えたことないです。すごいな」

「でも、やっぱり羽黒山がいいよ。親父さん、焼き魚ある?なんか魚」

「こんなでっかいけどいい?うちは学生もくるんで、一個一個がよ、多いんです」

「マスターはずっとここ?」

「43年よ。これしかできねえからよ」

「いやあ、大したもんだ。私はね、中国だけでも15、16年いたかな。東南アジアも長かったな。うちの両親は中国で知り合ったんだよ。戦争でね、母は病院にいて、父がそこに薬を持っていって、一目惚れでね。おふくろもおやじも、7、8人ぐらい兄弟がいてね。昔はどこも兄弟が多かったんだ。だけどさ、女性は大変だよ。女性軽視なところがあったよ」

「んだ。昔は多かったもんね。末子(まつこ)とかよ、末吉(すえきち)っていう名前の同級生いたもんな」

「そうそう!これで最後の子だっていうんでトメ子って名付けて、その後にまた息子が生まれてね、そしたら名前が又吉(またきち)だって。わははは!本当なんだから」

「おれだのちっちゃい時は親兄弟みんな10人ぐらい兄弟いたもんな。それをみんな育てたんだから大変だよな」

「本当に。今とはだいぶ違うよね。産めよ増やせよって、国がね」

それから大谷翔平の話になって、菊池雄星もすごいんだというような話になって、驚くほど大きな焼き魚が運ばれてきたけど、その人は割と早いペースでそれを平らげて、私はウーロン割りを飲んだ。あれが結構濃かったんだ。

「マスターお会計!このあたりでカラオケできるスナックある?」とその人は言った。

「あちこちにあるよ。どこがいいというのはわかんねえけど、どこもぼったくったりしないよ」

「あ、そう。探してみる!ありがとね!御馳走様!」

その人が帰って店内は急に静かになった。「なんだか、やけにおしゃべり上手な人だったな」と店主が静かに笑った。

「本当ですね。お元気そうな」と、私もそこで「お会計を」と言おうかとも思ったが、あの人がいて去っていったおかげでふと親密な空気が流れだしたこの店内にもう少しいたくなった。

「えー、じゃあ日本酒をいただいてもいいですか?この『東光』というのが米沢のお酒ですか?じゃあ、それを」と、300ml入りの瓶を出してもらって飲んで、店主が好きな米沢の中華そばの話を聞いて、さらに時間が経って、ようやく店を出たんだった。

それでもまだそんなに遅い時間ではなかったから、途中の大きなドラッグストアが営業していて、そこでスナック菓子とお茶と缶チューハイと甲類焼酎を買って、ホテルのフロントで売っていたラフランスのジュースを見つけて買って、「甲類焼酎をこれで割ろう」と思って部屋に戻ったんだった。こうしてようやく思い出せたけど、焼酎のラフランスジュース割りがどんな味だったか、それだけは一向に思い出すことができない。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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