世界を割る
「世界を割る」第84回

第84回 碁石茶で割る

「世界を割る」第84回

先月、久々に高知県へ行ってきた。久々どころじゃない、前回行ったのは、もう10年も前だったような気がする。

高知に2泊して、高松に1泊して、高松からフェリーに乗って神戸まで行って、それで帰ってきた。その旅のことはいつかまたどこかで書けたらいいなと思っているのだが、とりあえずその前に、高知で買ったお土産があった。「碁石茶」である。

JR高知駅に併設されたお土産ショップで買い物をしていて、ふと目についたのがその「碁石茶」で、高知の特産品だということ以外はよくわからないが「世界を割る」を今度書くのに買っておこうと思ったのだった。

それからしばらく、買ったことも忘れてしまっていたのだが、締め切りが迫ってきて「あ、そうだった」と、台所に置いてあった「碁石茶」を手に取り、そこで初めてパッケージをよく見てみた。

このように書いてある。

四国山脈の山奥で碁石茶は作られています。江戸時代から秘伝の製法でつくられた日本で唯一の完全発酵茶で「幻のお茶」と言われる希少なお茶です。

そして淹れ方の説明書きがあって、その下に

こんな飲み方も
焼酎の割りものとして

とも書いてあるではないか。運命だなー。奇遇だな。いや、まあ、お茶ってほとんどの場合、焼酎で割ったら美味しいのだが。

とにかく、パッケージにこう書いてあるからには、きっと美味しいものができるに違いない。説明書きの通り、500mlのお湯を沸かしたところにティーバッグを入れ、しばらく放置。できた碁石茶を冷ましてから、それで甲類焼酎を割ってみることにした。

割る前に碁石茶自体を味見してみると、ちょっとびっくりした。酸っぱいのである。「レモンサワーを飲むのに使ったグラスでそのまま気づかずに飲んでしまったのかな?」と自分を疑ったが、そんなことはなかった。この酸味こそ碁石茶の特徴なのらしい。

氷を入れ、甲類焼酎を注いでかき回して飲んでみると、本当に旨い。どんなお茶割りだってたいてい好きだけど、これはトップクラス。酸味が甲類焼酎の味わいにアクセントを加えてくれるのだ。後味もすーっと爽やかでいい。「碁石茶ハイ」、これ、絶対に流行って欲しい。というか、もう自分で店をやろうかな、碁石茶ハイ専門の。そう思うほどだ。

改めて碁石茶について調べてみると、たとえばこう書いているサイトがある。

日本でつくられる唯一の「後発酵茶」が大豊町の碁石茶です。名前の由来は、仕上げの段階で天日干するときに、発酵後に裁断された茶葉が黒い碁石のように見えるところからきています。緑茶とは異なる、甘酸っぱい味わいと香り、独特の風味が特色です。
最大の特色である酸味は、「後発酵」と呼ばれる独特の製法で生まれます。収穫した茶葉(山茶2種とヤブキタ=大豊町で栽培されたものか碁石茶農家が契約栽培したもの)を蒸した後で、むしろを敷いた土間に1週間ほど広げてカビ付けを行い発酵させます。次に、ふたに重石をのせて漬物と同じ要領で桶へ数週間ほど漬け込みます。この「カビ付け」と「漬け込み」の2段の発酵で、茶に含まれる乳酸菌が多くなり、これが身体によいとして注目を集めているのです。農薬も使わず、安心なお茶でもあります。
(中略)
昭和初期には林業の衰退や地域の過疎や高齢化の問題に直面し、昭和50年代には碁石茶の生産農家はわずか1件となってしまいました。その1件の農家とは、現在の碁石茶生産組合組合長の小笠原さん宅であり、碁石茶を使う茶粥が瀬戸内海地方で常食され「昔から胃腸によい」として生産を切望されて、 細々と技術を伝承してきたのです。そんな中、近年の健康ブームで「健康飲料」と人気がでてマスコミでも話題になるなど、生産農家も4件と1法人までに増えて県の製造技術指導を受けるなどで伝統の碁石茶の発展に力を注いでいます。

(引用元:https://honbamon.com/product/07-otoyo-goishicha/index.html

と、この文章だけでも、碁石茶を作るのにすごい手間がかかっていること、その製法が珍しいこと、危うく作り方が受け継がれずに途絶えるところだったことなどがわかる。

ここ最近ずっと「発酵」に興味を持っている私だし、これはもう、我ながらうってつけのものを買ったなー!とうれしくなった。碁石茶は通販でも買えるし、そんなに高くない(20g入りが1300円ほどで、3gで2リットルのお茶が作れるらしい)から、これを飲み切ったらまた買おう。高知と縁ができたようでうれしい。

高知の縁ついでにもう一つ。私は今、大阪に住んでいるのだが、育ちは東京で、高校も東京の学校に通っていた。私の高校生活は今振り返ると鬱々としたもので、学校の同級生がみんなうまくやっている中、自分はそれができていないような気がして、学校で過ごす時間はあまり楽しいと思えなかった。

自意識過剰な時期で、「みんなうまくやってる」とか思うのも、そんなに実は深く見ていないというか、「どうせ俺なんて」と、ただこっちから進んで卑屈になっていただけのような気もする。それでも、毎日のように家に集まってゲームなどをして遊ぶ友達が3人ほどはいて、まあそれだけでも恵まれていた。

でも、その友人たちとも高校を卒業してしまうとなかなか会う機会が減ってしまって、正直、今の私が気軽に連絡を取り合うような高校時代の友だちはいない。大学時代の友だちもそう。小学校もそう。唯一、中学時代の友人のうち二人だけ、一緒にバンドをやっているからずっと付き合いがある。

とにかくそんな感じだったところ、数年前、SNS経由で高校の同級生のLINEグループみたいなものに呼ばれて、なんとなくそこに入って、入ったはいいが、いるだけで何も発言などしないのだが、そのグループの主らしい牧田君という人が、たまに直接連絡をくれるようになった。

とはいえそれも年に一回あるかないか。たとえば私の本が出た時など、それを知ってくれてSNSやLINEでメッセージをくれるとか、そんな感じだった。私は高校時代、牧田君とおそらく一回もしゃべったことがなく、ということは、もちろん卒業後も一回もしゃべったことがないはず。

それがなぜかたまに連絡がきて、で、とはいえ別にそこから密なやり取りに発展したりはしてこなかったのが、つい先日、牧田君が出張で大阪に来る機会があって、それはだいぶ前から決まっていたので、「よかったらこの日、飲みませんか」というようにメッセージをもらったのだった。

高校時代まったく接点のなかった同級生に、なぜか卒業から20何年も経った今になって会い、初めて話す。想像しただけでどうしていいかわからない機会だが、それも面白いかとも思った。それで実際、日時を合わせて二人で大阪の居酒屋で飲むことになって、あれこれ話した。

牧田君は高校の同級生と多くの接点を持っているから、誰が今どんな仕事をしていて、みたいなこともわかるらしい。懐かしい名前がどんどん飛び出し、その名前の響きだけで「うわ!懐かしい!」と笑ってしまう。お互いの近況についても話す。

牧田君は何年か前に高知県に移住して、そこで仕事をしつつ、家族と暮らしているのだという。そんな話を聞き「あ、そういえば今度、高知に行く機会があって」と私が言うと、「え、いつ?会えたらまた会いましょう」となり、それで本当に連絡を取り合って、高知でまた会って来た。

全然喋ったことのない高校時代の同級生と、20数年後に会って初めて酒を飲み、それからすぐ、また高知で一緒に飲む。もしこれを歴史年表にしたらなんともバランスが変。でもそんなアンバランスさも、これはこれで面白いと思えるようになってきた。

牧田君は碁石茶ハイが美味しいことを知っているだろうか。もしこれを読んでいたら、試してみて欲しい。あと、今度大阪に来ることがあったらお土産に碁石茶を買ってきて欲しい。頼みます。

「世界を割る」第84回

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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