世界を割る
「世界を割る」第62回

第62回 向島の地サイダーで割る

「世界を割る」第62回

淡路島・岩屋にある「扇湯」という古い銭湯の、同じ建物に併設された立ち飲みスペース「ふろやのよこっちょ」でイベントを開催したことを前回のコラムで書いた。書いた通り、慌ただしくも思い出深い一日になったのだが、その日の自分がバタバタしながらスマホで撮影したほんの数点の写真の中に、「マルゴサイダー」という地サイダーの瓶を写したものがあった。

後になって写真を見返して、最初は「なんだっけこれ?」と思ったのだが、よくよく考えて見ると、当日、「ふろやのよこっちょ」に飲みに来てくれた方の一人がこの「マルゴサイダー」というドリンクについて、それが広島県尾道市の「向島」という島にある老舗飲料メーカーが作ったものであることを私に教えてくれて、「へー!それは気になる!」とかなんとか言いつつメモ代わりに撮影したのだった。

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で、その時の「それは気になる!」は、「いつかそこに行ってみたいな。まあ、いつか行けたら」ぐらいの、我ながらちょっと軽いニュアンスだったのだが、思いがけないことに、それから少しして、私は尾道に行くことになった。

JR西日本が2022年の夏季限定で販売している「サイコロきっぷ」という、「行き先がランダムで決定されるけど大阪からそこまで往復5,000円で行けます」という主旨の割引きっぷを買ってみたら行き先が尾道になったという、それが理由だった。なんせランダムに決まった行き先だから、これという大きな目的があるわけでもない、とりあえず行ってみれば面白い何かがあるだろうと、特に何も決めずに旅に出た。

現地に着いてからようやく少しスマホで検索したりして尾道周辺の観光スポットなどを調べているうちに、前述の「マルゴサイダー」のことをふと思い出した。私がたどり着いた尾道駅前の、すぐ向こうに見えているのが向島らしい。駅前にいくつかの渡船場があり、そこからフェリーに乗れば3分で島に着く。そしてそこから15分ほど歩けば「マルゴサイダー」を製造している「後藤鉱泉所」があるようだ。

私が尾道に行った日はすごく天気がよく、天気がいいのはありがたいことだが、それにしても暑すぎた。汗がとめどなく流れ、よろけるように歩きながらなんとか後藤鉱泉所までやって来た。

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後藤鉱泉所は昭和5年(1930年)創業の老舗メーカーで、「マルゴサイダー」の「マルゴ」は創業年である昭和5年の「ゴ」なのだとか。と、こうして私が知ったかぶって書いていることの多くは、尾道にある小書店「弐拾dB」が自主制作しているミニコミ『雑居雑感 No.2』に掲載された後藤鉱泉所についてのコラムから知ったことである。

(素晴らしい本なのでよかったらぜひ!
https://20db.stores.jp/items/6221958a4b083909a526850e

で、そのコラムを読んで後で知って驚いたのだが、現在、後藤鉱泉所を経営しているのは、この企業を三代に渡って続けてきた方から事業譲渡という形で経営を引き継いだ森本さんという方で、もともと広島県竹原市役所の職員をしていたのだとか。

血縁関係があったわけではなく、お店の方が高齢になって廃業を考えていた後藤鉱泉所を引き継ごうと手を上げ、そして2021年4月からここで仕事をしているというのだ。

経営者が森本さんに変わって以来、後藤鉱泉所は新しい試みを色々と初めており、その一つとしていくつかの商品がオンラインショップで購入できるようになった。が、それまではどの商品もここに来なければ飲むことができなかったらしい。

というのも、後藤鉱泉所の商品はどれも空き瓶を再利用して製造していて、その場で飲んで瓶を返却しなければならないのである。

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現在も、通販で購入できるのは一部の商品だけで、他の大部分のドリンクはやはり、ここに来なければ飲めないものである。来てよかった。だいぶ迷った末、私は国産ミカン果汁を使用して作ったという「ビタ ヤポネC」というドリンクと、「ミルクセーキ」を飲ませてもらうことにした。

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せっかくの貴重なドリンクである。5分の4ほどは普通にゴクゴク飲む。「ビタ ヤポネC」は非常にあっさりしたオレンジジュースという感じで、暑い外を歩いてきた体にすーっとしみ渡っていくようだった。「ミルクセーキ」は、たまにスーパーなどで「アイスクリン」という、ちょっと懐かしい味のするアイスを売っているのを見かけるけど、あれに近い味だと思った。素朴なバニラ味というか。どちらも美味しい。銭湯で風呂上がりに飲んでみたいと思った。

甲類焼酎を事前に買っておいたので、最後の一口だけ、焼酎を少量口に含んだ状態でドリンクを飲む、いわゆる「口割り」でいただく。「ビタ ヤポネC」の味わいはすごく合う。プレーンチューハイを作ったところにこれを足し入れたら最高だろう。「ミルクセーキ」との取り合わせも悪くないが、瓶2本分ぐらいを贅沢に使って焼酎を少々という感じでちょうどいいバランスになりそうだった。空き瓶を返却し、後藤鉱泉所のオリジナルグッズなどを買って店を出た。

尾道に一泊した帰り、駅近くの土産物屋で「マルゴサイダー」を買った。マルゴサイダーを始めとしたいくつかの商品は尾道駅周辺でも売られている。それをそのまま家に持ち帰り、数日後、クーラーの効いた室内で割って飲むことにする。

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まずはサイダーだけの味わいを堪能する。甘さ控えめ、すっきりとした味だ。サイダーの味の向こうに水の美味しさが透けて見えるようでもある。グラスにサイダーの中身をあけ、冷凍庫でシャリシャリに凍らせた焼酎を追加して飲む。うむ、うまい。

サイダーはあっという間になくなってしまった。尾道に、向島に、早くまた行きたい。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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