世界を割る
「世界を割る」第52回

第52回 最近の果実酢で割る

「世界を割る」第52回

当連載の第33回で、ヤクルトの「黒酢ドリンク」やタマノイ酢の「はちみつりんご酢ダイエット」で焼酎を割って飲んだ。原稿がアップされた日付けを見ると2020年の2月とある。その頃、体調が不安定で足取りのおぼつかないような日々を送っていたようで、そんな自分に喝を入れてくれるような飲み物が飲みたいと“酢系ドリンク”を作ったのだったと思う。

それで、今が2021年の9月なのだが、今また私の体調はどん底である。6月7月ぐらいまでは元気だったのだが8月から一気にダメになった。しかも体調につられて、精神面もだいぶ落ち込み(どっちが先だかわからないけど)、なかなか浮上できないでいる。

こういう時に無理にはしゃごうと思ってもあまり効果が無いのは経験上わかっていて、とにかく眠るしかないのだ。幸い今の私は割と作業時間の融通がきく仕事をしている(というか暇すぎるぐらいだ)ので、起きている時間を少しでも減らすよう、できる限り眠り続けるようにしている。

しかし困るのが、眠ったら眠ったでやけに悪夢ばかり見るのである。急に大舞台でのDJを依頼されたが、なんせ急な依頼なのでかけるCDやレコードをほとんど持っていない……とか、自分が好意を寄せている人から「いかにあなたが邪魔な存在であるか」を延々諭されるとか……。最後の天国だと思っていた眠りの世界からも追い出されたような気持ちで日々を送っている。

と、そんなことを言っているけど、分かっている。自分の悩みなどめちゃくちゃ甘えたもので、世の中にはもっと本当に崖っぷちを生きている人がいる。それがわかるだけに余計に、自分がしょうもない悩みに足を取られていることが悲しくなりもする。

いや、そんなことはいいのだった。スーパーやコンビニを見ていると、去年に比べてやけに果実酢が充実してきたと思いませんか?しかもなんか、スーパーの方でもやけにそれらを押し出している感じがする。「今流行りのやつですよ!果実酢いいですよ!」という雰囲気で目立つ場所に陳列されていたりする。

例えばミツカンの「フルーティス」というシリーズ、はたまた韓国のCJ FOODS JAPANというメーカーの「美酢(ミチョ)」というシリーズなんか、やたらスーパーで見かける。今回は、きっと旨いんだろうなと思いつつ、その「フルーティス」のざくろラズベリー味、「美酢」のざくろ味を購入してみた。

甲類焼酎を炭酸で割り、そこに酢を適量加えるという割り方で飲んでいくのだが、まずは果実酢の進化を確かめるため、ベースの味として普通の穀物酢で試してみた。よく料理に使う、ただのお酢である。

甲類焼酎+炭酸+お酢。これ、飲んでみるとすごくさっぱりして美味しい。私が好きでよく飲んでいる宝酒造の「焼酎ハイボール」かのような、余計な味のないタイトな感じに思える。「あれ?これでいいじゃん」と飲んでみて思った。

しかしどうでしょう、同じ要領で「フルーティス」のざくろラズベリー味を加えたチューハイを作ってみたところ、適度な甘みも加わり、「ただ酢で割ってる場合じゃねえわ」というぐらい旨いのだ。さらに「美酢」のざくろ味、こっちがすごい。これで作ったチューハイはいきなり美味しい。しかも嬉しいのが、どう考えても体にいい。パッケージには「果実発酵酢」「フラクトオリゴ糖」など、なんだか良さそうなワードが並んでいるのである。これはもう、時代が変わったなと思う。果実酢チューハイの時代が来ている。

そもそも我々の味覚を子ども時代から順を追って考えてみれば、甘いのが好きな時代⇒しょっぱいのが好きな時代⇒酸っぱいのが好きな時代、と大人につれて進化してきていないだろうか。どうでしょう、そんなことないですか。父親が好んで食べていた、酢をたっぷり入れたトコロテンなんか、「大人ってなんでこんな変なの食べてんだ」と疑問に思っていたけど、40歳を超えた今、すごく好きになっている(あんなに酸っぱいだけの食べ物があるだろうか)。

根拠はまったくないが、日本で暮らす人々も、まずは糖分が貴重だった時代を経て、そこから塩分を多く接種する時代になって、ついに“酸の時代”にたどり着いたんじゃないだろうか。その後、“苦味の時代”が来るのか“くさみの時代”が来るのか、まだそれは私にはわからないが、とにかく今は“酸”だ。

酸っぱい物を食べたり飲んだりすると元気が出そうな気がする。いや、元気は出ないけど、ちょっと気持ちが引き締まる。辛いことが多過ぎる世の中だけど、これを飲んでもう少しがんばる。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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