先日、JR大阪駅ビルの屋上休憩スペース「風の広場」で人を待っていた。「風の広場」は、朝から23時頃まで開放されていて、広場に隣接したコンビニで飲み物や食べ物も買うことができ、オープンエアーだからこの時期でも人と会いやすい。私のお気に入りの場所だ。
実際、飲食店の時短営業が続いている今、20時とか21時以降にどうしてもまだ誰かと話し足りないという人がここに集まってくる。そうやって混雑してしまったら意味がないところだが、まだまだ夜は肌寒い季節だということもあって、人と人との距離が狭められるほどには混んでいない。
そこで私が待っていたのはヤマコさんとハヤトさんという飲み仲間だ。お互い暇な時に「どうです、久々に飲みませんかー」とぬぼーっとした連絡を取り合い、店だったり外だったり、とにかくたまにどこかで集まっている。
今日は、ヤマコさんが「山谷酒」というものを持ってきてくれて、それをみんなで味わってみようという主旨の集まりだ。「山谷酒」は、東京・台東区にある「山谷酒場」オリジナルの酒。スパイスを独自に調合して味付けしたサワーで、店内で提供されているのと同時に、持ち帰りのお土産用として、ガラス瓶にスパイス類が入った状態のものが売られているのだという。
そのガラス瓶に甲類焼酎やジンなど、自分の好みのものを注ぎ入れて2週間ほど寝かせると完成するらしく、ヤマコさんは買って帰ったその瓶にキンミヤ焼酎を注いで1ヶ月ぐらい経ったものを持って来てくれた。東京から大阪まで運ばれ、時間をかけてできあがった貴重なお酒なのである。
「風の広場」に併設されたコンビニで炭酸水とカップ入りの氷を購入し、用意してきたプラカップの中に各自の「山谷酒」を作る。琥珀色の「山谷酒」からはシナモンやハッカの香りが漂い、私が大好きなクラフトコーラの親戚といった感じである。はじけるスパイス感、甘み、コクなどが感じられ、これがもっとたらふく飲めたら最高なのに!と思った。貴重なものなので、今日は一人一杯にとどめておく。
このところ私はスパイスサワーに可能性の広がりを感じてばかりである。ヤマコさんとハヤトさんと「全員仕事が無くなったらスパイスサワー屋を始めて、それがうまくいかなかったら今度こそ真面目に働きましょう」と話した。
外のキーンとした寒さを感じつつ久々に歓談のひとときを楽しんだ。私が書いているWEBコラムの題材に困って「何かこう、記憶に残っているちょっとしたお話みたいなの、無いですか」と二人に聞く。二人とも「うーん、そうそう無いですよ」と言った。すでに二人にはいくつもそういう話を提供してもらっているのだ。「ですよね。そうそうないよなー」と私はあきらめ、その日は別の話をしながら時を過ごした。
しかし、家に帰ると、深夜、ハヤトさんから「あの後、一つ思い出した話があったんです」と連絡があった。「おお、ぜひ聞かせてください!」とお願いしたところ。ハヤトさんは以下のような話を聞かせてくれた。
幼稚園の頃、よく祖父母の家に遊びに行った。その家に行った時はいつも祖父と一緒に風呂に入った。ハヤトさんは3人兄弟の真ん中で、兄も弟もみんな一緒に入った。脱衣所で服を脱いでいると排水口の方から不思議な音が聞こえる。
「なんだろう」と耳を近づけると、間違いなく排水口の奥かその辺りから音がする。三人の後ろに立っていた祖父が「ブリブリ虫だな、それは」と言う。どんな虫だろうかと排水口を覗き込んでも虫の姿は見えない。しかし、ここで風呂に入る時はいつもその虫が現れる、現れるというか音がする。ハヤトさんは昆虫図鑑のページを開き、それがどんな虫なのか確かめようとしたが載ってない。
やがて兄弟が小学生になるとみんな祖父とお風呂に入らなくなった。すると「ブリブリ虫」はぱったり現れなくなった。兄弟たちの間にふと「あれは祖父が屁をしていただけだったんじゃないか?」という意見が出て「まあ、そう考えるのが自然か」と、それが正体だったということになった。
しかし不思議なのは、なぜ祖父のいる方ではなく、いつも決まって排水口の方から音が聞こえてきたのかという点である。それに関してハヤトさんは、ひょっとすると、風呂場の構造が作り出すナチュラルなリヴァーブが関与しているのではないかと考えている。あるいは祖父が音の方向性をある程度コントロールできたか……。いまだに謎が残る。
そんな話だった。
(X/tumblr)
1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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