世界を割る
「世界を割る」第35回

第35回 「色々考えながらおろしたショウガ」で割る

「世界を割る」第35回

朝起きてベランダに洗濯物を干していると頭の中で音楽が流れる。「ふと、メロディが口をついて出る」という感じに近いのだが、実際にそれをハミングしたりすることはなく、ただ頭の中で勝手に鳴っているという風である。その日はシャ乱Qの「空を見なよ」が繰り返し、繰り返しといってもそもそも知っているのは「そっらっをみなっよぉー くもがーなーがれていくぅー」というサビの部分だけで、その後すぐメロディが追えなくなり、しばらくしてまたサビが始まる。

なぜか朝起きるとすぐ、シャ乱Qの歌が流れ出すことが多い。「ズルい女」が特に多い。「なんでこんなに眠くで体の重い朝に『バイバイありがっとぉーさっようぉならー』という歌詞で始まる『ズルい女』なんだろう」と思うが、理由はわからない。私はシャ乱Qのファンだというわけではない。シャ乱Qのベスト盤も持っていない。シングルCDも持っていない。昨夜シャ乱Qを聴いてから寝たというわけではない。知っているのは「ズルい女」と「シングルベッド」と「空を見なよ」の3曲だけだと思う。それ以外のシャ乱Qの曲をもし誰かが歌っているのを聞いたら「あれ?それ、ひょっとしてシャ乱Qの曲ですか?」と気づけるものがあるかもしれないが、今はわからない。「シングルベッド」はカラオケで歌ったことが何度かある。いつも歌い出すと途中で歌詞がめちゃくちゃ恥ずかしくなってくるのだが、「今夜の風の香りは あの頃と同じで」という部分だけは好きだ。好きだ、と言いながら、今、最初は「今夜の風の“匂い”は あの頃と同じで」と書いて、一応念のために検索して確かめたので間違いに気づけた。一言一句が体に刻まれるほどに私がシャ乱Qを聴いてきていないことは間違いない。

それなのになぜ、朝起きてそのまま洗濯機から洗濯物を取り出し、カゴに移してベランダに出ていくということしかまだしていない(洗濯機のスイッチを入れて洗濯を始めておくのは同居人の役割で、私は洗濯を完了した機械が発するピーピーピーという音で起き、その時、家にはすでにもう誰もいない)というのに、シャ乱Qの「ズルい女」や「空を見なよ」が頭の中で再生されているのか。それはわからない。

こういったことが考えられる。夢の中で大型音楽フェスティバルの会場にいて、エリア内に複数のステージがあって、そこで色々な演奏者が入れかわり立ちかわり演奏し、私はあっちこっちのステージ間を行ったり来たりしながら時間を過ごしており、その中の一つのステージで思いがけずシャ乱Qが演奏していることに気づいた。「へー。この大型音楽フェスティバルにはシャ乱Qも出演しているんだな。昔聴いたことがある。『ズルい女』と『シングルベッド』と『空を見なよ』のどれかの曲であれば、懐かしく聴けるかもしれないぞ。あるいは今はタイトルを思い出せなかったとしても、CMなどで当時特に意識もせず何度も耳にしていた曲もあるだろうから、そのうちのどの曲かが演奏されれば、ああ、この曲もシャ乱Qの曲だったな、そういえば、と、懐かしく思い出すかもしれないし、シャ乱Qがなぜ多くの人に愛されたのか、その魅力の核心に迫ることができたり、なにか今後の自分の人生の方向性を暗示するような新鮮なものを感じられるかもしれないぞ」と思った私が、そのステージの前で足を止め、シャ乱Qのメンバーが一斉に演奏をスタートし、「バイバイありがっとぉーさっようぉならー」と歌う声が聴こえてきた。そういった夢を私は確かに見たのに、起きるまでにはそれをすっかり忘れてしまい、頭の中に「ズルい女」の音楽データのようなものだけが残り、洗濯物を干している間、繰り返し再生されている。

それが荒唐無稽な考えであると言うことは私にはできないが、確かめるすべはない。

もしくは、こういうことが考えられもする。私は昔、幼い子どもに「仮面ライダーシリーズ」に登場するあるヒーローが敵と戦う際に着用するベルトを模したおもちゃを買った。そのおもちゃは電池式で、ベルト本体に別売りのパーツを合体させることができ、その別売りパーツ専用のサウンドが、ベルト本体の方から発音される。パーツAを合体させればA専用の音声が、パーツBを合体させればB専用の音声が再生されて、つまりパーツを新しく買い足すたびに、新しいサウンドがベルトから出せるわけだ。そして別売りパーツにはたくさんの種類があり、それぞれ工夫が凝らされたデザインになっており、子どもは一つ手に入れると別のものが欲しくなる。しかし次から次へ新パーツが発売されるそれをすべて買ってもらうことはどうやら不可能だと子どもは理解したのだろう。であれば、せめてこのベルトに内蔵された全サウンドだけでも聴きたいと考えたようである。ベルト本体と合体する別売りパーツの接合部分をよく見てみると、別売りパーツ側に突起がいくつかついており、別売りパーツのAとBとでは突起の配置が異なっている。突起は別売りパーツそれぞれに固有なのである。この突起がベルト側の接合部分にある6つの小さなボタンを押し、その押し上げパターンによってどの音声を再生すればいいかをベルト本体側が判断しているというわけだ。そこで子どもは接合部分ベルト側についた6つの小さなボタンをつまようじの先端で押してみた。すると音声が流れる。つまようじを2本に増やし、6つのボタンの2か所を同時に押してみると別の音声が流れた。その結果から子どもは、6つのボタンを複数のつまようじで押したり押さなかったりする様々なパターンについての検証作業を繰り返すことにより、ベルトに内蔵された全サウンドを再生することに成功した。

まるでそれと同じように、私の中に記憶されている音声や映像の中から何を優先して再生するかを決定する突起パターンのようなものがあり、例えば、「前日の夕飯にキャベツを炒めたものを食べた」という条件と「ほとんど運動をしなかった」という条件、「入浴時、湯舟につからずシャワーで済ませた」という条件が組み合わさって、翌朝、シャ乱Qの「ズルい女」が再生された。ここで例えば、前日の夕飯を「キャベツを炒めたもの」ではなく「野菜スティック」にしていた場合、同じシャ乱Qでも「空を見なよ」が翌朝に再生されることになる、というような。

それが荒唐無稽な考えであると言うことは私にはできないが、朝起きるなり再生される音楽がどのような突起パターンによって決定されるかを知ることが非常に困難であることは間違いない。

そのようなことを考えながら生姜の塊をおろし金で擦り、甲類焼酎を炭酸水で割ったもので満たされたグラスにたっぷりと加え、スプーンでかき混ぜる。スノードームを傾けた直後のように生姜の破片がしばらく浮遊してゆっくり沈殿していく。どんな形であれ、生姜を体に取り込んでいる時、「自分は今、間違ったことをしていない!」と胸を張りたくなるような、すがすがしい気持ちになる。生姜には様々な健康へのメリットがあると実証されているそうだし。絶対にいいらしいことをすることは人間を堂々とした気持ちにしてくれるものだ。洗濯物を干すという行為もそうだ。濡れた洗濯物は絶対に乾かした方がいい。絶対にいいらしいことをした後、私の頭の中でいよいよ堂々とシャ乱Qの「空を見なよ」が再生され始める。

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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