ふわふわ浮いたような一日がたまにある。地球の重力にちゃんとフィットしてないような、何をしても変なミスをして、誰かとしゃべっても簡単な言葉の意味がくみ取れず、妙な勘違いから相手がポカーンとするような返答をしてしまい、「あの自分の発言、わけわかんな過ぎて相手を不安がらせただろうな」と後になってぼーっと思う。道を歩いていて、ちょっとした段差を飛び越えるのがうまくいかず、足が変な風に曲がった。重く長く痛む。
朝、突然自分の体の中に自分の意識が注入され、「はい!今日からキミはこの体でキミとしてがんばってね!脳には適当にでっち上げた記憶が入れてあるから」と言われて目が覚めたみたいな気がする。体や頭の動かし方に慣れていない感じ。
そんなふわふわした感覚で過ごす一日が時々あるのだが、まさについ数日前がそれだった。その日の夕方、天満駅の近くのビルの上の方の階にある会議室みたいな場所で誰かに重要なことを告げられていたのに、窓から見える夕焼けがずっと気になっていて何を言われたのかちゃんと覚えていない。
そもそも私はなんであのビルの一室にいたのか。それも思い出せない。
その前日、こんなことがあった。私はある居酒屋を取材し、そこで得た情報をもとにして文章を書くことになっていて、そこに行った。店のオーナーがテーブル席の私の目の前に座り、その店で出す料理が、他の店の出す同内容の料理と比べて格段に安い価格で提供されていること、高級な素材を使っているのに価格を抑えているところがたくさんの人に支持され、予約が殺到していることなどを聞かせてくれた。
そして私はオーナー自慢の料理を何皿か注文し、お酒を飲み、しばらく経って再びオーナーが私の前に座り「いかがでしょう」と聞いてくるのにどう答えていいものか、なんとか上手に返答したいとあれこれ考えたけど、結局何も思い浮かばず、「おいしいです」としか言えずにいて、それは嘘ではなく本当においしかったのだが、その気持ちを増幅して大きく伝えることができなかった。そんな時、自分の視界の端、壁沿いに小さな虫が這っていくのが見えて、「あ、これはオーナーに気づかれないように処理したいけど、今、変に動くのは無理だな。まあ視界からあの虫は消えてどこかへ行くだろうし」と思って、そのままオーナーの話に相づちを打ち続けていた。
しかし、虫は去っていかず再び私たちのいるテーブルに姿を見せた。撮影係として同行してくれていた友人の手元付近に現れ、友人が驚いて声をあげ、それでオーナーが気づき「あ……虫、たまに出るんですわ」と気まずそうに言って、おしぼりでそいつを退治しようとみんな立ち上がり、戦いが終わって静かになった。オーナーはすーっとテーブルを離れ、それっきり店の奥へ引っ込んでしまった。
さっきまでお店の魅力をたくさん語ってくれていたのに、「虫ぐらいいいじゃない、私は全然気にしません。というかこの店は地下街の中の通路に面した店で、店の外との仕切りが無いから、そりゃ虫も出入りする。この店のせいではないのだ」と思ったが、店の内装や照明にも凝っていることを熱っぽく語ってくれていたオーナーだっただけに、そこにいきなりあの虫が現れ、なんとも気恥ずかしい気持ちになったのかもしれない。
食事を終えて店を出て、帰宅して早めに寝た。しかしあの店での一件以来、私は思考の焦点が定まらず、ずっと不安定なままである。
落ち着かない気分で、そのくせ、体はなんだか思うように動かせない。こういう時はカーッとくるようなものを飲んだ方がいいんじゃないかと思い、黒酢系のドリンクで甲類焼酎を割って飲むことにした。
まず、ヤクルトの「黒酢ドリンク」。内容量が125mlと少なめなので、少量の焼酎を割って飲む。あれ、これはかなり旨い。黒酢とうめ果汁を組み合わせているそうで、だからもう、そこに焼酎が加わって、ほぼ梅酒の味わいである。
次は養命酒酒造の「生姜黒酢」だ。ショウガエキス、そしてリンゴ果汁が入っているとパッケージに書いてある。これも内容量は125ml。まずグラスに焼酎を入れて、そこに紙パックの中身をあける。そして飲んでみると、先ほどの梅酒っぽかったヤクルトのやつよりも風味があっさりしている。リンゴ果汁のおかげか、かなり飲みやすくて、このままだと主張が弱すぎる感があるので炭酸水を加えてみると、炭酸の刺激でちょうどいい飲みごたえになった。
最後にタマノイ酢の「はちみつりんご酢ダイエット」。今日は焼酎を黒酢ドリンクで割るんだと思っていたのにこれは黒酢ではなく「りんご酢」なのか。今気づいた。リンゴ酢とリンゴ果汁を組み合わせ、はちみつの甘みも加えて飲みやすくしてある。焼酎の炭酸割りにこれを加えたら爽やかな酸っぱさのあるサワーが完成。
今回試した酢系のサワー、全部本当に旨い。どれも小さなパックに入って売られているので、焼酎の炭酸割りに対して風味付けをする感覚でちょっとずつ使うのがいいのかも。
ほどよく酔ってきて、ようやく自分の体の感覚や地球の重力に慣れてきたような気がすると思ったらもう寝る時間が近づいていた。もしかして明日の朝になったらまたふわふわした時間が始まるのかもしれないと想像し、少し不安なような、それはそれで楽しみなような気持ちで布団にもぐり込んだ。
(X/tumblr)
1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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