日常というものは普段と変わらないから日常なのであり、パターン化されているものである。日常を生きていると、その変わらなさに倦み、「なんか面白いことねっかなー」という気持ちが湧き上がってくるのは自然なことだ。そうした時に「ここは一丁」となるのもまた自然な気持ちの起きようではあるのだけど、一丁前にことをなそうとするのは、アタック25で劣勢の解答者が選んだパネル一枚で大逆転するくらいに難しい。パネルをどんどこひっくり返して「楽しい」の一色に染め切らずともいいんじゃないの、日常感を携えながら少しだけいつもと違うことの価値を見つける喜びだってあるよ、という感覚を私はスズキナオさんの『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』を読んで受け取った。
生きていると様々なことが立ち消えていく。感情や考え、街並みや風景、他人との関係性などなど。それらは実際は日常の中で生まれて日常の中に沈んでいくのだけど、日常を送っている中だと気づきにくい。スズキナオさんは、そうした立ち消え続けていく日々のあれこれを捉えて留める人なのではないかと思う。
深夜高速バスで乗り合わせた、もう二度と会うことはないであろう隣の乗客に対して味わう「不思議」という感覚や、自身が関わらなかっただけでそこでは確かに生活が積み重ねられてきた知らない町を訪れた時に馳せる思いなど、この本の中では自分が何度も味わっているのに取り沙汰してこなかったものに焦点が当てられている。意識のやや深海に生きる魚たちを見るようでもある。
この視点は、本書で試されるいくつもの企画にも通じているように思う。スーパーの半額の肉を持ち寄ってパーティーを開いたり、居酒屋の割り勘を真に厳密にするとどうなるかを検証してみたり、いつもそこにあったもの・行為を題材としながらまったく別の体験へとスライドさせていく。しかもここで重要なのは、その試みがどんな結果になろうともかまわないとスズキナオさんが思っているのではないかということだ。まえがきで「お金がなく、暇だけはあるような日々をどう楽しもうかと考えた末に生まれたようなものばかり」とあるが、どの試みも何が何でも面白くなければならないというようなぎらついた感じはなく、面白そうだからやってみるので面白ければもちろんよいけれど、そうでもなかったらなかったでよく、試したことそれ自体が楽しいというスタンスであることが読んでいてとても心地よい。そしてそれは、スズキナオさんが試みをしようとした時に同じような心持ちで集まってくれる友人たちの存在が大きいように思う。友人たちと共に、世界のちょっとぼやけた部分をまさぐってみる。これはまさしく幼い頃の生活そのものであり、年を経る中で自分から立ち消えてしまいつつあるものだ。
スズキナオさんのような感覚を持って世界を生きている人は他にもいるかもしれないけれど、スズキナオさんのような感覚を文章にして伝えてくれる人はスズキナオさんしかいない。この本を読むことができて本当によかったと思うし、これからも読ませてもらいたいと私は思っている。
(Twitter)
ギャグ漫画家コンビ「ルノアール兄弟」の原作担当。代表作に『獣国志』、『ルノアール兄弟の愛した大童貞』、『セクシーDANSU☆GAI ユビキタス大和』、『公園兄弟』、『バブバブスナック バブンスキー ~ぼんこママがのぞく赤ちゃんの世界~』など。現在は「別冊少年チャンピオン」にて『少女聖典 べスケ・デス・ケベス』、「Dモーニング」と「コミックDAYS」にて『どくヤン!』(左近が原作を担当。作画はカミムラ晋作)を連載中。
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