読んでは忘れて
『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』

特別編vol.4 スズキナオ初単著をスナックアーバンのママが読む

スタンド・ブックスより好評発売中のスズキナオさんの初単著『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』刊行記念!書評連載「読んでは忘れて」の特別編として、スズキさんに縁のある方々が登場する企画の第4弾。今回は東京・四谷三丁目の会員制スナック「スナックアーバン」のママにご寄稿いただきました!

『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』突然ですがいまわたしは、カンボジアのカンポットという街にいる。

そこは首都プノンペンからバスで4時間ほどの小さな街で、泊まっているゲストハウスの1階にあるオープンスペースでこの原稿を書いている。Wi-fiがとても速い。

時間は19時半。片隅ではオーナーの子どもがソファに寝そべり大音量でYouTubeを見ていて、テラスを覗くと黒ブリーフ1枚、いってみればほぼ全裸の白人高齢男性が1缶50円程度のアンカーというカンボジアビールをちびちび呑んでいる。わたしはわたしで、日本からもってきた箱ワインを飲み終わった水のペットボトルに移し替え、それをMacの横に置いてそしらぬ顔でちびちび呑んでいる。しっかりしてるひとはひとりもいなくて、それがすごく居心地がいい。

わたしはこういうとき、ナオさんちょっと呑みにこないかなって思う。

スズキナオさんの初単著『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』は多くのひとに待ち望まれていたし、きっとその内容の面白さについてはいろいろな方が書いてくださるはずなので、わたしはわたしが思うナオさんの素晴らしさについてちょっとだけ書かせてもらえればと思う。

ご存知の方もいるかもしれないが、わたしは神戸の片隅、新開地から7分ほど歩いた稲荷市場というエリアで数年間、アーバン・ウエストという小さな飲み屋を開いていた。去年の夏に西成から来た地上げ屋によってあっけなく立ち退きになってしまったが、いまでも月に一度は遊びに行ってしまう、もう好きだからしょうがない、一生推す。

市場の奥には世界で一番好きなホルモン屋の中畑さんがあって、もうなくなってしまったけどウエストの隣の隣には朝から大皿料理のつまみが並ぶ大衆酒場のヤスダ屋さんがあった。すじコンつまみながらヤスダ屋の大将から聞くハーレー・ダビッドソンの話が好きだったな。

そして朝から呑んでいても、平日の昼間にふらっと現れても、なにも話さなくても、すごく久しぶりでも、稲荷のひとは気にしない。ただわたしがいることを、いるねえ、という感じで思ってくれている。ちょうどよい距離感で、この距離感はナオさんの文章に似ている。

表現がwebにうつってきてから、激しい感嘆詞とか、するどすぎる考察とか、裏の裏まで書いてやる!みたいな強い意思が多くなってきて、それは刺激的だけど、実はちょっと疲れる。ナオさんは目の前にあるものを、ただそのまま書いている気がする。だから、いま読んでいる言葉とナオさんの見ている景色がつながっているような気持ちになって、「おおっ」と感動する。特別なことなんて別に求めてない、こういう文章を読みたかったんだよって感じ。

話は唐突に変わりますが、去年の5月、わたしはラメルジーの回顧展を見るためにニューヨークにいた。

そのとき、ずっと料理の仕事をしながらマンハッタンで暮らすアッコちゃんというパンキッシュな友人に、チャイナタウンの安くておいしい大衆食堂を案内してもらった。化学調味料ばりばりのピーナッツ・ヌードル(250円!)とか、河南料理店で食べる大盤鶏(ウイグル地方の鶏の煮込み料理)とか、インスタを見た友達から「大久保にいるの?」と連絡が来るぐらいニューヨーク感はゼロだったけど、わたしにはこっちのほうが落ち着くからしょうがない。

もう食べられないよ状態になった深夜0時ぐらい、アッコちゃんが「もしかしたらやってるかも」と連れて行ってくれたのが路上の焼き鳥屋だった。

歩いていると、いきなり1台の屋台が現れた。中国系の男女が串を焼いている。日本の焼鳥とは違い、どちらかというとクミンが効いた延辺系のスパイシーな味付けですこぶる美味しかったけど、わたしはこういうお店に出会うと、ナオさんに取材してほしくなる。

でも、ナオさんは、きっといつもと一緒だと思う。もしこのお店を好きだと思ったら、ここがマンハッタンであろうが、いつもと同じように書くだろうな。

一度、ナオさんの取材に同行させてもらったことがある(成田にある地面に砂がひかれたジンギスカン屋だ)。ナオさんはとっても丁寧に話を聞き出す。寡黙な店主のおじさんも、いつの間にか自分が相撲の選手だったことまで昔の写真を引っ張り出してきて話し始めた。おいおい! 心が開きっぱなしだよ。

いつも思うけど、「○○」だからスペシャルなんてことはない。年を取っているから、特別な場所だから、変わったことをしているからとかいろいろ、そういうのって結果なだけだ。いま目の前にあるものに心がブルブルする、その衝動があるから、何かを伝えたいって思うんだと思う。だから取材させてもらうときって、ありがたくって敬意が生まれる。ナオさんの文章からは、そんな取材相手を敬う気持ちがいつもにじみ出てる。そういうとこが、信頼できるんだよなー。

話はまた変わりますが、韓国のソウルには東大門という街がある。そこは巨大な洋服の問屋街で、いちばん盛り上がるのは深夜0時から。昼間は閉まっていたモールも次々と開店、いきなり人があふれ出す。

夜の東大門のメインは、高速バスにのって買い付けにやってきた地方のお洋服屋さんだ。少ない時間のなかでソウルの流行をチェック、次の日から店頭に並ぶであろうワンピースやニットを仕入れて、そのまま始発のバスで帰っていく。仕入れた洋服たちは巨大なビニール袋に入れられ店先に山のようにつまれる。

東大門のビルとビルの隙間には、まったく流行とは関係ない作業着を着たおじさんたちが、バイクの横でタバコを吸いながら待機している。どのバイクも荷台だけちょっと変わっていて、L字型の背もたれがついている。その荷台にひたすら仕入れた洋服を載せてバスターミナルまで運ぶのが彼らの仕事だ。きっとおじさんたちの毎日は、その繰り返しだろう。何を運んでいるかなんて興味なし。わたしはそんなおじさんたちを東大門のシェルパのようだと思っている。

エベレストを登るときにかかせない現地ガイドがシェルパだ。ヒマラヤ山脈のすべてを知り尽くし、重い荷物を運び、登頂者のケアをする。でもそれは、ただの仕事だ。自分のためではない。

ナオさんの書く言葉も東大門のシェルパみたいだ。おじさんたちが淡々と荷物をはこぶように、ナオさんも淡々と目の前にあることを書く。そこにすごくドラマチックなことなんて起きないかもしれない、でもそれは、なくてはならないものだと思う。

そうだ、そうだ。

『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』はそんなナオさんが詰まった1冊です。一家に3千冊、買うしかない! まじで面白いから!

スナックアーバンのママ
スナックアーバンのママ
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書籍編集者を経て、2010年に東京・四谷三丁目に会員制スナック「スナックアーバン」をオープン。大阪の書店「シカク」のイベント「天才の祭典8」では、スズキナオを酒ボーイに迎え特別営業を行っている。好きなお酒は濃い目のウーロンハイ、好きなツマミはイカ刺。

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