読んでは忘れて

第46回 碇雪恵『35歳からの反抗期入門』

碇雪恵『35歳からの反抗期入門』何度かトークイベントに呼んでもらったりして馴染みのある大阪・天王寺の書店「スタンダードブックストア」にふらっと寄ったところ、「これ知ってます?」と教えてもらったのが碇雪恵さんの書いた『35歳からの反抗期入門』という本だった。そうやって書店でおすすめしてもらえるのはとても嬉しいことだから、できる限り買う。

碇雪恵さんのお名前はTwitterで知っていたが、『35歳からの反抗期入門』のことは知らなかった。これは2022年11月に自費出版されたZINEで、碇さんが2019年からブログに綴ってきた文章を選りすぐって加筆して一冊にまとめたものだという。

2019年当時、碇さんは35歳で、それがタイトルになっているようだ。「はじめに」を読むとすぐのところに、「この本は遅れてきた反抗期を真っ向から取り上げるものではありません。」とあって、反抗期と聞いて真っ先にイメージする、子どもが親に反抗するあの反抗期について書かれたような本ではないらしいとわかる(実際、碇さんは家族との関係性の難しさについてこの本の中で少し触れているけど、それはほんの少しで、この一冊の中では大きな位置を占めていないように見える)。

だから、私がこの本を買ってきて読み出すにあたっては、「今から私はこういうテーマの本を読むのだ」というような構えも特になく、乗った電車が目的地に着くまでの時間に、リラックスした気持ちで臨んだ。

一つ目の文章「べつに自由じゃない」は、碇さんが何社かの会社を辞め、そのこと知った話し相手から「自由でいいね」と言われてきた時に感じた違和感をきっかけにして書かれたものだ。

現在35歳。新卒で9年勤めた会社を退勤して以降2社で勤めたが、いずれも約1年で退職した。独身。子どももいない。つまりは背負うものがない。言われてきた通り、自由なのかもしれない。しかし、誰かから自由だと言われる時、そのなかにささやかな侮蔑の気配を感じ取ってしまう。言葉の前向きさとは裏腹に「あなたは気楽でいいね(こちらは大変なのに)」といった後向きなメッセージを感じるのは、私の被害妄想だろうか。

と書かれていて、なんとなくここから「実際はそんなに自由じゃない!」という内実が綴られていくのかなと思いながら続きを読んでいったら、そうではなく、碇さんはかつての恋人や友人のことを思い出しながら、自由であるとはどういうことかを考えていく。

その考えの進め方がすごく好きで、碇さんは恋愛を“不自由の象徴だ”と思っている(いた)けど、“でも本当にそうだろうか”と考え、また、家族を持つ友人が家族と一緒にいてものびのび過ごしているのを見て、“家族連れというだけで不自由さを感じる方に問題があるのかもしれない。もしかしたら、家庭を持っている彼女の方が自由なのかもしれない。”と思う。この、自分の中の基準が揺れ動く様子をそのまま隠さず書いているところがすごく信頼できると思った。

「読んでは忘れて」第46回

「愛に気がつくためのケアを」という文章の一部を長めに引用したい。

ところで最近、一般に性格と呼ばれるものは環境によっていかようにも変化するものなんじゃないかと考えている。例えば、私は自分の母を長年ヒステリーだと信じきっていたけれど、結婚前に実家にいた頃はかなりおっとりとした性格だったと数年前に叔母から聞いて驚いた。些細なことに過敏に怒るようになったのは嫁いで以降のことだったそうで、娘である私としては「以降」の状態しかみていない訳だから気付けるはずもない。行動として他人の目に映る、「性格」と呼ばれるものはその人の人生のただの点でしかないのだと思った。
だから、行動という点に至る線の存在を忘れてはいけない。その人の持つ背景、置かれた環境が、性格と呼ばれるものやその人の振る舞いに強く影響を与えているはずだ。他人に優しくする余裕のある人はきっとそれまで十分に誰かから優しくされてきたのだろう。逆に、飲食店で店員に強く当たったり駅の階段でわざと強くぶつかったりする人は、きっとそれに相当するストレスを誰かによってぶつけられてきたのではないか。

ここに書かれているのは、人の性格や振る舞いが環境やその時の状況によって変わり得るということである。これは自分自身のことを考えてみればすぐわかること(朝から嫌なことが続いたからイライラしてしまう、とか、普通にある)なのに、あまり書かれないことである。

人間の内面を「揺れ動くもの」とする人間観は、たぶん、文章を書くという行為の邪魔になる。「A君はひどい人で、こういうことをしたから、やっぱりどう考えても最低だ」というようなことを書いて訴えたいときに、「もしかしたらその時のA君の振る舞いは、ある特定の条件によって生まれたものだったのかもしれない……」と考えてしまうと、メッセージはぼんやりして、遠回しな物言いになってしまいかねない。

SNSですごくたくさん拡散されている言葉の中には、断定的で一刀両断という感じのするものが多い気がする。「A君は最低!」という言葉の方が「A君は最低だけど、それはひょっとして彼が置かれた環境のせいでもあるのかもしれない」という言葉より、強く、刺さる。

碇さんは人間を断定的に見ようとすることにすごく抵抗していて、迷いながら書いているのが伝わってきて、そこに私はあたたかい眼差しを感じる。こういうブログの文章が多くの人に読まれて、ZINEの形になって(しかも売れ行き好調だという)、書店に並び、私の手に渡ってきてくれたりすることに、生きる希望を感じる。

紋切り型の価値観があふれ、そういう言葉が私たちをすぐに捕まえようとしてくる。嫌だと思いながら、私も自分の中に紋切り型な思考を見つけることもたくさんある。碇さんがそういうものに対して反抗しながら生きているのが、この本を読んでいるとすごくわかって、私の中の言葉の凝りもほぐされていくように思える。

『35歳からの反抗期入門』通販ページ
メルカリShops(商品概要にスタンダードブックストア等、全国の取扱書店一覧の記載あり)

スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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