読んでは忘れて

おんちみどり『古本海岸』

おんちみどり『古本海岸』私は寝てばかりいる。私が属するカテゴリーである「40代男性」の一日の睡眠時間を厚生労働省が調査したら「睡眠時間が6時間未満の人」が約50%にものぼったそうだ。私は毎日8時間~10時間(もっといける時は12時間ほど)ぐらい寝ているから、平均を大幅に超えているはず。

寝ていると夢を見る。「いい夢だったなー」と感じるようなものはほとんどなく、うっすらと不安な感じの夢だとか、誰かに追われたり、虫が飛んできたり、だいたいロクなことがない。しかしそれでも夢が好きだ。夢の中ではどんなに荒唐無稽な、後で考えればツッコミ所ばかりの状況でも、なぜか必死でそれに対応しようとしてしまう。そこが面白い。

普段は世の中を斜に構えて眺めてしまいがちの自分だからなおさら、夢の中の真っ直ぐな自分に惹かれるのかもしれない。たとえば夢の中で友達がくじらに飲み込まれれば心の底からショックを受け、どう考えても無理なのにそれを救おうとする。助けられないことがわかれば無力感に打ちひしがれ、泣く。でもその友達が全身を金色に輝かせて再び現れ「くじらに飲まれたら体が純金になったよ。得した」と言えば「へー!いいな!」と当たり前のようにうらやましく思ったりするのだ。夢の中ではいつも全力だ。

おんちみどりさんというマンガ家の短編集『古本海岸』を私が知ったのは最近のこと。この本はおんちみどりさんが『夜行』『幻燈』といった、乱暴に言えば“ガロ系”とくくられそうなマンガ雑誌等に発表してきた作品を集めたもので、一番古い作品は1992年に発表され、一番新しい作品は2015年に描かれたと奥付にある。で、この本自体は2016年に北冬書房という、先述の『夜行』や『幻燈』などのマンガ誌や単行本を出版し続けてきた出版社から出ている。

おんちみどりさんの作品集として今手に入るのはこの一冊だけのようなので、そういう意味でも貴重な、過去作も近作も広く集めたものといえそうだ。

巻末におんちさんご本人によるあとがき的な文章を載せた紙が一枚挟まれていて、そこに「つげ義春の夢シリーズが大好きです」とある。つげ義春には「夢もの」と呼ばれるようなタイプの作品がいくつもある。代表作とされる『ねじ式』も夢に着想を得たそうだし、『外のふくらみ』とか『ヨシボーの犯罪』とか、『必殺するめ固め』、『コマツ岬の生活』とか、夢の不条理さがそのままマンガとして物質化されたような、人の夢をそのまま見せてもらったような作品群だ(ちなみに、久住昌之さんが誰かが見た夢をイラスト化したものをまとめた『夢蔵』という本もつげ義春の夢ものを連想させる)。

つげ義春の夢シリーズが好きだというおんちさんであるから、描いているのはまさにその系譜に連なるような作品なのだが、つげ的世界とはまた違った、小さな笑いと可愛らしさと胸がヒリヒリするような切なさがあって、繰り返し読めば読むほどじわじわと沁みてくるのだ。

「読んでは忘れて」第41回

めちゃくちゃ野暮なことを承知で、この本の巻末の方に収録された4コママンガシリーズの中から、『金持ち』というタイトルの一作を文字で紹介したい。

【1コマ目】
(2人の男女が長方体に窓がたくさんついたような大きな建物の前にいる)
男「うちは金持ちなんだ」
女「でっかい家」

【2コマ目】
(めちゃくちゃ広い玄関に女が驚く)
女「ここが玄関?」
男「はっはっはっ」

【3コマ目】
(女が壁にかかった時計を指差す)
女「あの時計、何か変だぞ!!」
男「あ?」

【4コマ目】
男「すまない。金持ちは一日が28時間なんだ」
(あっけにとられる女が見上げる時計の文字盤には数字が14まである)

どうでしょう、すごく夢らしくないですか?

4コマの方ではこういう風にちょっとユーモラスに夢を作品化していて、短編になるとそれがさらにもっと夢らしくなり、登場人物は激しい展開や謎のルールに翻弄されることになる。

『カズユキ』と題された作品では、主人公が昔つきあっていた「カズユキ」が、トックリセーターを着ていて、そのトックリ部分をグーンと頭の上まで伸ばして主人公の顔まですっぽり包み、「宇宙遊泳だ!!」と言う。二人が潜っているセーターの中には本当にたくさんの星が見える。と、そんな風に始まるこの作品なのに、中盤以降の展開にはすごく切実な悲しさがあり、読んでいて泣いてしまう。

荒唐無稽なタイトルの古本ばかりが海のように押し寄せる表題作『古本海岸』も好きだし、「女たちが蚊取線香を絶対に欠かさない理由」が説明される『そう思った女たち』も衝撃的である。

なんでこんなに夢を、夢の中のあの感じそのままに描けるんだろう。誰もが経験していることだと思うが、いくら憶えておこうと思った夢でも時間が経つとすぐに忘れてしまったり、見たはずのものと形が変わったりしてしまうものだ。夢を夢のままに描くには、夜の水面に映った月を網でサッと掬い取るような、決してマネすることのできないような技術が必要なはず。おんちみどりさんはその技を使える人なのだと思う。

おんちみどりさんの作品は、今の厳しい現実をしばし遠ざけてくれる逃げ場のようなものに私には思える。戦争も不景気もうまくいかない毎日も、ここまでは追いかけてこない。そこにはそこなりの理不尽さが渦巻いてはいるが、現実よりも自由で安らげる場所に感じる。だから最近の私は疲れた時、布団に入って目を閉じるような気持ちでおんちさんの本のページを開くことにしている。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)。

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