読んでは忘れて

第35回 藤岡みなみ『ふやすミニマリスト』

藤岡みなみ『ふやすミニマリスト』文筆家でありラジオパーソナリティであり、「utouto」という名の“タイムトラベル専門書店”の店主でもある藤岡みなみさん。この本は、その藤岡みなみさんが、何にもない部屋に住み、“一日一つだけ物を増やしていい”というルールを自分に課して100日間を暮らしてみた結果をまとめたもの。前半は日々の記録、後半には100日間を通じて藤岡みなみさんが感じたことが綴られている。

何もない部屋からスタートして100日過ごすというと、テレビっぽいサバイバル的な、過酷なものが真っ先に想像されるかもしれないが、この本の中で藤岡みなみさんが過ごしていくのはそういう日々ではない。いや、実際のところ、100日というのはかなりの長さだし、普段の生活よりも不便なのは間違いないのだが、少なくとも「この環境で生き抜けるか!」みたいな、そういうことを楽しむ本でない。

藤岡みなみさんは何もない部屋で暮らし始めるけど、それまで住んでいた家はそのまま別の場所にあって、そこから毎日一つ、必要だと思うものを持ってきていいという感じのルールだ。自分の家にある物を一旦全部、ドラえもんの四次元ポケットにしまって、一日一個ずつ取り出していくような、そんなイメージだろうか。生きていくのに必要最低限だと思われる衣類と食料は確保された状態での生活だから、命の危険はないし、飢えて困ったりはしない。

本書の中で繰り返されていくのは、人が豊かに生きていこうと考えたときに、どんなものがどんな意味をもたらすのか、それを一つ一つ丁寧に考えていく、という行為だ。たとえば藤岡みなみさんは4日目に「バスタオル」を部屋に迎え入れるのだが、お風呂上がりにタオルで髪や体を拭けるということがどんなに心地いいかを体感する。12日目に「鍋」を迎え入れ、それを使って白米を炊くが、箸はまだ無いからアツアツの状態では食べられず、冷めるのを待っておにぎりにしている。

選ばれる一つ一つの物は、安心して過ごせる生活というを支えるために重要度が高いもの(毛布、包丁、平皿など)から始まって、徐々に「どうしても必要じゃないけどあると気持ちがいいもの」といった感じにシフトしていく。42日目で導入される「ピーラー」はたとえば、すでに持っている包丁でも代用できる。でも、包丁よりも断然皮が剥きやすい。

「読んでは忘れて」第35回

「かなり必要なもの」が求められる第1段階から、「あると便利なもの」がチョイスされる第2段階、第3段階へと日々が進んでいくように見える。たとえば、藤岡みなみさんは縄文文化に詳しく、「遮光器土偶」が大好きらしいのだが、その土偶が71日目に部屋にやってくる。土偶はもちろん生活必需品ではない。でも私たちがなんとなく可愛いなと思う置物を部屋に置いたり、花を飾ったりするみたいに、藤岡みなみさんにとってそれが部屋にあることが、“いい気分”をもたらしてくれるのだ。

私たちは結構、かなり、すごく、色々なものに囲まれて生活している。これを書いている今、私のいる場所から目に入るもの(自宅の居間です)を羅列してみても、テレビ、Nintendo Switch、観葉植物、好きな画家の絵、ぬいぐるみ、本棚と本、CDプレーヤー……と、色々あるのだが、それら一つ一つを改めてまじまじと眺め「これがあるおかげで、こんなに生活が豊かになっている」と確認することなどない。どれも欲しくて買ったはずなのに、手に入れたことの感動がいつの間にか薄れ、当たり前の部屋の風景の一部になってしまっている。

藤岡みなみさんは“私は元来、ミニマリストとは真逆のマキシマリスト的な性質を持っている。”と書いていて、何かをコレクションするのも好きだし、「持っていたら楽しそう」と思えばそれが生活必需品ではなくても割と買う方らしい。空っぽの部屋からスタートして一日ごとに物の価値と対面していく100日間は、その100日間が終わって元の生活に戻った後も、生活と物との関わりが違って見えるような発見をもたらす。

何もない部屋を用意してそこで100日過ごすのは簡単なことではないけど、この本を読んだ後、自分の周りにあるものを一つ一つ手にとって、それが自分の生活に何をもたらしてくれるているかを確かめていくことは誰にでもできる。「これ、全然いらないな」と思うようなものがたくさん見つかるかもしれないし、今はただの風景になってしまっているものを、かつて喜んで部屋に迎え入れた日のことが思い出せるかもしれない。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)。

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