第59回 中村睦美、今村謙人、又吉重太 編『日本のまちで屋台が踊る』

中村睦美、今村謙人、又吉重太 編『日本のまちで屋台が踊る』知り合いの笹尾和宏さんという方が、大阪市内の橋の上で“屋台”をやるというので行ってみた。その名も「橋ノ上ノ屋台」と名付けられたその屋台は、2022年4月から月に1回のペースで開催されている。私が初めて行ったのはいつだったろうか、教わった橋の上に行ってみると、本当に屋台があった。

橋のアーチの下にうまく収まるようなサイズの屋台が2基あって、片方ではお酒が、もう片方ではおつまみが売られていた。お酒の屋台が知り合いの笹尾さん、もう片方をやっているのを今村謙人さんという方で、長らく「屋台」という商売の形式にこだわって活動してきた人だという。そして、この「橋ノ上ノ屋台」は笹尾さん、今村さん二人によるプロジェクトなのだそうだ。

橋の上に、その日その時間にだけ屋台が現れるというのがなんとも面白く、私はその後もタイミングの合う時に足を運んでいる。ある時、今村さんが「今、屋台の本を作っていて」と教えてくれて、それからしばらくして完成を知ったのが『日本のまちで屋台が踊る』という本だった。今村さんのほか、中村睦美さん、又吉重太さんという方が共同編者として名を連ねている。

本の中には、屋台をテーマに、様々な専門分野を持つ方を対象にしたインタビュー・対談が収録されている(今村さんの経歴が語られるインタビューもあるし、知り合いの笹尾さんと、『街は誰のもの?』という映画を作った阿部航太さんの対談もある)。

読んでいると、屋台というものが街の中に存在することで開かれる可能性が頭をめぐる。

街の中のある場所に屋台が出現することについて、存在し得るネガティブな反応を思い浮かべることは簡単だ。「人だかりができたら通行の邪魔」とか「治安が悪くなりそう」とか「衛生的に不安」とか、「公共の場所でそんなことをしていいわけがない」みたいな声は一見どれももっともらしく、たしかである感じがする。

と、同時に、お祭りの時に神社の境内に屋台が並ぶ光景を見たり、広くて気持ちいい公園にキッチンカーが出ているのを見つけた時にワクワクする感じも、またたしかなものである。

屋台をやる側として考えると、設置・撤去・移動が簡単で、商売の規模として最小限で、自由度が高い。売れなかったらすぐやめたり、別の何かを売ることもしやすい。屋台を生業にしてそれだけで生活していくのは、日本の現状では簡単ではないかもしれないが、商売のあり方の選択肢にそういうスタイルがあることは、社会全体に柔軟性をもたらすのではないか……と、読んでいると、屋台を始めるハードルがめちゃくちゃ高い社会より、簡単に始められる社会の方が絶対にいいだろうと感じられてくる。

「読んでは忘れて」第59回

どこから読んでも面白いし勇気が湧いてくるような本だが、鳥取の書店「汽水空港」の店主・モリテツヤさんのインタビューがすごくよかった。

幼稚園から譲り受けた3段の跳び箱にタイヤと手綱をつけ、そこに古本やZINEを収めて売り歩いていたのが後に「汽水空港」というお店になっていったそうで、スタートはまさに屋台的なスタイルだったらしいのだが、モリさんがやっていることの一つに「ゲットバードバイク」というものがあって、三輪自転車に本と焼き芋を積んで売るのだという。

周囲の人がみな口々に「車ないとやばいよ」と言う鳥取の地で自転車を漕いでものを売ることは、単純に大変である。効率的ではないように思える。が、そのような土地であえて自転車に乗って商売をし続けることは、車が無いと普通に生活できないということを可視化する行為でもある。

モリさんはこう語っている。

どこの田舎でもそうだと思うんですけど、かつてこの町の商店街はほとんどの家が何らかの商店をやっていて、ここに来れば揃わないものはないような場所だったと聞きます。数十年前の写真を見ると、ここは原宿かってぐらい人がいて。地元のおっちゃんに聞くと、30~40年前までパラダイスみたいな風景があったらしい。

(中略)

ところが、やがてポツポツと店が閉じていったそうです。どうやら車社会のはじまりがそうさせたらしい。何でも揃う大きなスーパーが建って、みんながそこへ車で向かうよう設計されていたんですね。今や町の商店は数店しか残っていません。自分の暮らす街で、銭湯帰りに歩きながらビール片手に焼き鳥とかコロッケをつまんで帰ったりとか、日常のちょっとした喜びが享受できないんです。僕はやっぱり歩いていて楽しい町に暮らしたいし、そういう一度は失われた風景をもう一度作るために焼きいも小屋やゲットバードバイクを作っているんですね。

車を持っていないとやばいという状況に対する抵抗として、屋台(というか移動販売)が行われている。

なるほど、街から屋台が消えつつあるような日本の中であえて今そのスタイルを取ることは、すでになんらかの抵抗なのかもしれないと思えてくる。橋の上に屋台が現れることも、公共の場がどんどん不自由になっていくことへの抵抗に思える。そしてそう思うと、街の中にポツンとある屋台の姿が、もっといい社会があり得るはずだと知らせてくれるような、力強い何かに感じられてくる。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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