読んでは忘れて

第40回 児玉浩宣『ウクライナ日記』

児玉浩宜『ウクライナ日記』『ウクライナ日記』は、A5サイズの26ページの冊子だ。戦時下のウクライナに取材に行った写真家の児玉浩宣さんが、2022年3月1日から4月3日にかけての日々のできごとを綴ったものである。日付と当日の滞在場所とその日に起きたことが書かれている、文字だけの、とてもシンプルな内容だ。

この冊子は、2022年4月26日から5月1日まで、渋谷の「Gallery Conceal Shibuya」というギャラリーで開催されていた児玉さんの写真展「ウクライナの肖像」で販売されていたものだという。もともとは写真展を補足する、副読本的な意図で作られたものだと思われるが、写真展が終了した今も「カンフーカメラ」という通販サイトで販売されている。

私はこの冊子が通販で購入できることを知って買った。児玉さんの展示を渋谷で見たわけでもなく、それまで児玉さんの写真を追いかけてきたわけでもなく、「今のウクライナで過ごした日々が書かれている日記とはどんなものだろう」という興味から購入したのであった。

この日記を読んだ後で、児玉さんがウクライナで撮った写真をネット上でいくつも見た。だから本来の順序とは逆というか、日記が先、写真が後で児玉さんの活動を知っていったのだが、この日記には、児玉さんの写真の魅力とはまた別の面白さがあるように感じた。

(ちなみに児玉さんは私がこの文章を書いている2022年5月21日現在もウクライナに滞在しているようだ。その動向はTwitterアカウントを見ると分かる。また、児玉さんがウクライナで撮影した写真を見るには「TOKION」のインタビューがいいと思う)

「読んでは忘れて」第40回

繰り返すが、児玉さんの『ウクライナ日記』に写真は一点も掲載されておらず、2ページ目にウクライナの地図があって、あとはテキストだけだ。その分、児玉さんが現地で出会った人から聞いた言葉がダイレクトに伝わってくる。

たとえば、3月7日、チェルノフツィ郊外の村で、児玉さんが道端にあった小さな売店に寄った際に出会った少年の話。少年は店の前のベンチに座っている。

売店のフリーWi-Fiが使いたいから毎日ここに座っているらしい。YouTubeで音楽を聴いているそうだ。どんな音楽を聴くの?という質問には「ロシアのロック、90年代だね。いろいろと政治に問題はあるけど音楽は別だから」と14歳とは思えない意見に驚く

また、翌3月8日、ウクライナ国内で活動するボランティアスタッフたちが拠点にしているチェルノフツィのボランティアセンターのスタッフに、児玉さんは「ラーメンを食べに行こう」と誘われる。

「ウクライナにも日本のラーメンがあるんだよ」と言ってきた。「いま無性に食べたい気分で、、それで、ぜひ日本人にも食べてほしいんだ」と自分が食べたいのか食べてほしいのかわからないが、行こう行こうと懇願された

カフェのような店で提供されたラーメンは素麺を少し太くした麺にチキンカツが乗った、トマト味スープの不思議な食べ物だった。浅めのスープ皿で供されたそれは温かくて美味しい

3月13日で2度攻撃を受けていたイバノ=フランコフスクという町で出会った“いかつくオラついたファッションの男性”に児玉さんが声をかけた時のくだりも印象に残った。

「とにかく俺たちはただ待っているんだ。俺たちにはすでにたくさんの武器がある。もし奴らがきたら殺すだけだ。その時を待っている。ミサイルなんてほんの少し怖いだけさ」とかなり強気。しかしここにいるのは彼のような人だけではない。チェルノフツィと同じく、激戦地から逃げてきている人もいる。娘と歩いていた父親は、俺は難民じゃないと強調しながらも「着の身着のままで逃げてきた、何もかも失った、娘との写真を撮ってEmailに送ってほしい、パソコンも何もかも破壊されたから昔の写真がもう残ってないんだ」と言った

3月21日、首都のキーウ(キエフ)に入った児玉さんが配車アプリでタクシーを呼ぶ。乗ったタクシーが途中で検問に引っかかり、なかなか通してもらえない。それは運転手がロシア出身者であることが身分証に記載されていたかららしかった。タクシー運転手が児玉さんに言う。

「俺はロシア人なんだ」

「母親はロシア人で、父親はカメルーン人だ。俺はロシアで生まれたが、仕事のためにウクライナに越してきた。いまはウクライナを心から愛している、これは本当なんだ」と言った。彼は何かを弁明しようとしているように見えた

3月28日、同じくキーウでのこと。

しばらく歩くと、フードデリバリーの配達員が休憩しているのを見かけた。思わず声をかける。一体誰が注文するのだろう。配達員いわく「まだまだ街に人は残っている。危ないから外に出ないだけ。そういう人たちが注文するんだ」と答えた

と、引用ばかり並べてしまったが、普段テレビやネットのニュースで見ているウクライナ情報からは聞こえてこない、そこで生活している人の息づかいが感じられるような言葉が、この日記には散りばめられているのだ。

児玉さんは、3月24日、チェルノフツィで、ボランティアセンターで知り合った若者・パーシャやパーシャのお父さん、友人たちと車に乗って一緒に釣りをしに行っている。大人数で釣りに行くなんて、戦争とかけ離れたのどかな行いに思える。その時のことがこんな風に綴られる。

「戦時下でこういうことしていいのか?」と彼らに質問したら「釣りが悪いのか?環境問題のことか?」みたいな返答

戦時下に楽しんではいけないという法律はウクライナには無いらしい。それに、たとえ最前線から遠く離れていようが、みんなギリギリの精神状態のなかで生きているのだろう。公園にはいつも人が集まっているし、カフェの路上のテラスは満席だ。なんとか日常を取り戻そうと必死なのかもしれない

で、せっかく釣りに行ったのだが、釣果は散々なものだったという。帰り道、パーシャのお父さんが児玉さんに言う。

「またやろう!次は絶対に釣れる。その時には戦争も終わっているだろう、次は朝から晩までやろう!」とお父さんは悔しそうだった

楽し気な約束だからこそ、裏側に切実な何かがあるようにも思える。

3月21日のキーウで、ミサイル攻撃を受けて大破したショッピングセンターを前に、児玉さんはこう書いている。

それにしても天気がいいのが嘘のようだ。目の前の凄惨な状況と晴れ渡った空がちぐはぐで、うまくつながらない。昼になり、気温も上がっている

天気がよく、空が晴れ渡る日がウクライナにはあって、その下で食事したり音楽を聞いたり、釣りをしに行く人がいる。ロシアからウクライナにやってきたタクシー運転手もいる。そういう人々がいるという、そのことがリアリティを伴って、強く伝わってくる日記だった。

児玉さんが今後伝えてくれることにも注目していきたい。

『ウクライナ日記』通販ページ
KungFu Camera / カンフーカメラ

スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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