読んでは忘れて

第51回 寺井奈緒美『生活フォーエバー』

寺井奈緒美『生活フォーエバー』私は大阪・西九条にあるミニコミ専門店「シカク」の仕事を月に一度のペースで手伝っている。といっても、ほとんどの仕事は店主をはじめ、数名いる他のスタッフのみんながやってくれていて、自分は新たに入荷してきた商品に対して通販用の設定をするだけの役割だ。

店でどんな本を仕入れ、どんな風に棚を作るかは私のあずかり知らぬところで、毎月、店に行くたびに「へー!こんな本があるんだ!」と新鮮に驚いている。スタッフの一員ではあるのだが、月に一度来るお客さんのようでもある。

そんな風にお客感覚で「面白そうだな」と「シカク」で手に取ったのが寺井奈緒美さんの『生活フォーエバー』という本だった。名古屋にある「ON READING」という書店の出版部門である「ELVIS PRESS」から刊行されたものだ。パラパラとめくって少し読んで、やっぱり面白いと思って、巻末の「編集後記」を開くと、「ON READING」の黒田杏子さんという方がこの本の作られた経緯について書いていた。

それによると、黒田さんはまず寺井奈緒美さんが「habotan」という名義で作っている“土人形”を百貨店の催事で見かけたという。その土人形がどういうものか、お手数ですが「habotan インスタ」と検索したら「habotan」の公式アカウントが表示されるので、そこから見て欲しい。犬や猫や、その他の動物(たまに人間)たちが、なんとも言えないふにゃふにゃした姿勢で、よくわからないものと融合したり、何か食べていたり、寝転んでいたりする、見ただけで力が抜けてしまうような、いいものである。

黒田さんは土人形を買い、その後に寺井奈緒美さんの『アーのようなカー』という歌集を手にとって、土人形の作者が短歌の詠み手でもあると知ったという。“その短歌がなんとも滑稽で、やさしくてさみしくて、好きだなあと思った。”と黒田さんは書いている。そして、その短歌と土人形の魅力を両方一気に紹介するような展示を、と、『生活フォーエバー』という、この本の書名にもなっている展示イベントを「ON READING」で開催することにしたらしい。

その際、寺井さんが展示用に短歌とは別に短いエッセイを書いてきて、それを読んだ黒田さんはその文章に魅力を感じ、展示終了後も締め切りを設けてエッセイを書き続けてもらった。そして一年にわたって原稿を書いてもらい、一冊の本としてまとめたのがこの『生活フォーエバー』だというわけだ。

秋から始まって、冬、春、夏まで、各季節ごとに20篇の文章が収められている。全部で80篇。短歌が一首あって、その短歌と繋がっているような短いエッセイがあって、最後にもう一首、やはりその文章の延長にあるような短歌があって、それで一篇となっている(ちなみに本書にはビジュアルとしての土人形は一か所だけ、5ページ目に一点のモノクロ写真が出てくるだけで、楢崎萌々恵さんによる表紙画と挿絵をのぞけばテキストだけでできあがった本である)。

一年にわたって書かれているのは、寺井奈緒美さんであろう「私」とそのパートナーの「S」との生活の中の、ささやかなできごとばかり。それとともに、笑い、喜び、怒り、情けなさ、寂しさ、色々な感情が文章で表現されているけど、でもやはり、全体としては笑いに溢れている気がする。大爆笑!みたいな感じよりは、クックック、フフフという雰囲気の、穏やかな笑い。

「読んでは忘れて」第51回

たとえば「シール」と題された一篇は、

何を期待してたんだろう半額のシールの下も半額シール

という短歌で始まり、職場の最寄りのスーパーのパン売り場で40%引きのシールが貼られたパンを両手に一つずつ持った状態で同僚のYさんにばったり会った話が綴られている。動揺して咄嗟に「いつもここで賞味期限ギリギリのパンをゲットして、冷凍して朝ごはんに毎日食べてるんですよ。冷凍すると賞味期限もナシになると思ってるんで」と言い訳のような言葉が口をついて出る。それを聞いたYさんは「わかるわかる。冷凍すりゃ大丈夫よ、だってパンだもん!」と言った。「だってパンだもん」と、よく考えてみればなんだかわからない言葉だが、根拠がないからこその力強さがある。

と、だいたいそんな話が語られ、最後に

永遠を信じましょうよ冷凍庫入れれば賞味期限は無効

という短歌があって終わる。

小さなエピソードの中に、人が日々生活しているという感じがありありと漂う。そしてその漂う生活感がギュッと結晶化して不思議な輝きを持つ宝石みたいになったものが寺井さんにとっての短歌なのかもしれないと思う。短歌、エッセイ、短歌が並ぶこの構成のおかげで、寺井さんの暮らしが短歌として結晶化していく思考の流れを垣間見ているような楽しさがある。

曲がり角守ってるだけの石があり通勤名所として毎度見る

という短歌から始まる「ウォーキング」という文章も、

本当に食べたいものを熟考しカルボナーラに辿り着きそう

から始まる「お菓子売り場」も、

2を3に誤魔化すように歪でも続けていけば家族のかたち

で終わる「文通」という文章もいい。短歌はもちろん、それとエッセイの響き合い方が絶妙で、最初から順に読んでいくのでも、適当にめくったページを読んでみるのでもいい。押しつけがましくない、気楽な面白みがある。生活がフォーエバーに続いていくように、このスタイルで作られる寺井さんの短歌と文章なら、いくらでも読み続けていけると思う。

『生活フォーエバー』通販ページ
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スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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