読んでは忘れて

第23回 岸政彦『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』

岸政彦『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』取材に出て誰かに話を聞いてそれをもとに文章を書く、という機会がよくあるのだが、そのたびに自分は「自分の知らない人生をその人が生きてきた」ということに驚いてばかりいる。もちろん、そんなの当たり前のことだ。誰しも自分が生きた時間しか知ることができない。でもやはりそれに驚く。

知らない人の生きてきた時間の流れがあり、その中で大きな出来事があったり、取るに足らないことのような気がするのにずっと憶えていることがあったり、ずっとそばにいる人がいたり、ふいに離れてしまう人がいたり。誰でもにそういう時間の積み重ねがあるということをほんの少しでも垣間見ては驚いて「あぁ…」とため息をつきたいような気持になる。だから取材して書いた文章の最後には「驚かされた」とか「不思議な気持ちになった」とか、いつも同じようなことばかり書いている。

もう一人の自分から「またそれか?知らなかったことを知って驚いてんのか。ずっとそれだなお前は」というツッコミが入る。しかし、今の自分にはそれ以外に書き方が見つからない。

たくさんの人に話を聞いたら「〇〇の職業に就いている人はみんなこう」とか「幼少時代に〇〇な経験をした人はだいたいこうなる」とか、そんなことが言えるようになるかというと全然そんなことはない。一人一人が違うということを知って「〇〇な人は〇〇だ」から遠ざかるばかりだ。でもじゃあ、大阪で出会う人は東京と出会う人と同じなのか、会社勤めをしている人と自営業の人とはまったく同じなのかっていうと、やっぱり違う気もする。

ある時、自分が取材を受けて「関西の酒場をめぐってみて東京との違いを感じましたか?」と記者の方に質問をされた際、その差を言葉にするのにすごく困った。「強いていえば…」となんとかしゃべってみながら同時に「それは違う」「それは言い過ぎ」と思いもして、あいまいな物言いになるばかりだった。

岸政彦さんの『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』を読んでいたら、冒頭に近い部分に、戦後の沖縄の「スクラップブーム」のことが書いてあった。1950年頃の沖縄、米軍基地の建設と朝鮮戦争向けの需要によって鉄くずが高値で買い取られる「スクラップブーム」がにわかに訪れ、戦時中の激しい爆撃によって土地に無数に埋まっていた大量のスクラップが住民の手によって掘り起こされた。しかしその中には不発弾もあり、それを掘り返そうとした人がケガをしたり、亡くなったりするケースもあった。「頭上に落とされた暴力の欠片と引き換えに現金を得」ようとした結果、沖縄に住む人々はさらに傷つけられることになる。なんと壮絶なことだろうか。そのことが書かれた後、こう続く。

躊躇なく経済成長に突入していった沖縄の人びとの、地中から掘り出される爆弾の欠片さえ利用するしたたかさやたくましさを、見逃してはならない。だが同時に、それを過度にロマンチックに語ることもできない。一方的な歴史の犠牲者としての沖縄人のイメージと、ありえないほどたくましい沖縄人のイメージとは、おそらくどちらもわれわれ日本人の勝手な想像であるという点でおなじなのだ。とにかく、戦後の沖縄には、おそらくこのふたつの極のあいだのどこかに膨大な数の生きられた経験があって、それはこちら側の勝手なイメージや想像をよせつけないほど多様で複雑である。

ここを読み、もし自分が鉄くずを掘り起こそうとして傷ついた沖縄の人の話を聞いたとしたら、「歴史の犠牲者」、「たくましい沖縄人」のどちらかの像に安易に自分のイメージを着地させてしまったかもしれないなと思った。

だがここで書かれている通り、それは聞く側(沖縄の外から沖縄を見る側)の勝手なイメージであり、実際に生きられる人生はもっと「多様で複雑」だ。

本書には、戦後まもない頃に沖縄から本土へ渡って職を求め、その後その多くが沖縄へUターンしていくことになった人々の動向や生活史が取り上げられている。

「読んでは忘れて」第23回

戦後まもなく沖縄から本土へ渡った労働者、と聞き、戦争で傷ついた沖縄に職が見つからず、貧窮してやむをえず出稼ぎにいった人たちというイメージが浮かぶ。しかし、終戦直後の沖縄は那覇とその周辺への人口が大移動して急速に近代化し、かつてないほどの経済成長を遂げていたという。つまり、必ずしも本土へ渡らなければならない状況があった、とうわけではなかったそうなのだ。

当時の沖縄には労働局や職安、地元メディアなどが一丸となって労働力を本土へ送り出そうとする体制ができあがり、また、本土側でも沖縄から積極的に労働力を受け入れようとする姿勢があった。それは、本土と切り離された“外国”であり、戦争の深い傷を負った沖縄が本土へ同化しようとする姿勢と、本土側からその沖縄をどこかドラマチックな気持ちで受け入れようとする姿勢とに後押しされたものだったようだ。

実際に本土に就職していこうとする当時の沖縄の若者たちにも“日本人”として本土へ同化しようという気持ちがあり、それが本土就職の動機となった。もちろんそれだけが理由じゃなく、一人一人の条件は違うんだろうけど、戦後の沖縄と本土の関係性の根底に、お互いに同化しようとするムードがあったことは間違いない。

そうやって本土へ渡っていった就職者たち7名の語りが第二章の「本土就職者たちの生活史」に収められている。沖縄から本土へ渡り、見るものすべてが新しかった日々のこと、そこで出会った人たち、職場の仲間のこと、休みの日にこんな遊びをしたとか、そういうことが遠い思い出を懐かしむように語られる。

その中には、沖縄から来たことによって受けた差別のことや、生活の端々で感じた違和感のことなども様々なレベルで語られているが、どの人の語りからも「楽しかった思い出」というような印象を受ける。しかし、語り手はみなその後、沖縄へと戻っていく。本土の都会での暮らしが悲劇的なものではなかったにもかかわらず、当然のように沖縄へ帰っていった。

本土と同化しようとすることによってこそ、沖縄の人としての自分が浮かび上がる。同化しようとすることで、沖縄と本土との差異が明確になり、結果、自分がはっきりと他者化されることになる。それこそが沖縄への帰還を促すものだったのではないかということが本書を通じて考察されている。

読み終えて、「一方的な歴史の犠牲者としての沖縄人」、「ありえないほどたくましい沖縄人」のどちらにも着地しないイメージが自分の中にできあがったように感じた。

簡単なイメージに着地するのは楽だ。「〇〇な人ってたいてい〇〇だから」と言い切れてしまえば、そこから先は考える必要もない。しかし、そういう楽な着地からは一人一人がどのように社会と関わりながらその人の人生を生きてきたか、ということが切り捨てられてしまう。簡単に着地しないということは不安な状態を続けることでもある。でもその不安は他者を知ろうとしたり、自分の人生を生きようとする時のベースなのだ。この不安はもう、絶えずあり続けるものなのだ。

岸政彦さんは先日、NHKの「100分 de 名著」という番組に出演して、ピエール・ブルデューというフランスの社会学者が書いた『ディスタンクシオン』という本を全4回にわたって解説していた。

私たちが自分で選んだと思い込んでいる趣味嗜好は実は階級や生活環境によって選ばされている。私たちは生まれた時から、どんな家庭に生まれるか、どんな環境で育つかなどによって自分の大部分を規定されている。裕福な家でなければ手を出せないような趣味があることをイメージすると分かりやすい。

「じゃあ何、私の中身ってもう生まれつき決定されているものなの?それってむなしくない?」と思う。しかしそれは同時に、どんな私も社会とは無縁にはいられないということである。私たちが抱えている生きづらさは、私たちのせいで生まれたものではなく、社会によって作られたものかもしれない。私たちが自分の罪として背負わされていることも実は社会に負わされているものかもしれない。

私が誰かを嫌いだと思った時、その嫌悪感の源はその人そのものにではなく、その人を作った社会的な背景にあるのかもしれない。人を憎まずにその裏にある社会的な構造を憎むというスタイル。

番組の中で岸政彦さんが「他者の合理性」という言葉を口にしていた。他者の行為には他者なりの合理性があるはず。それへの想像力を絶やさず、他者の声に耳を傾け続けることが社会学の役目なんじゃないかと思っているというようなことをおっしゃっていた。

戦後の沖縄の集団就職に焦点を当て、そこにどんな「合理性」があったかを腰を据えてじっくり確かめていく本書に、自分と世界との向き合い方を教わったような気がした。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)。

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