読んでは忘れて

第18回 ヤマザキOKコンピュータ『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』

ヤマザキOKコンピュータ『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』今年、Tシャツがめちゃくちゃ増えた。私のバンドが出たことのあるライブハウス、知り合いのバンド、いつも利用していたショップなどなどがドネーショングッズとしてTシャツを販売していることが多くて、そういうものをどんどん買っていったら増えた。

4月から「特別定額給付金」が一律10万円支払われることになって、私の住んでいる大阪府はその支給がすごく遅れて結構最近になってようやく入ってきたのだが、入ってくる前からその金をあてにして前のめりに消費していった。

今は予測不能の状態で、店でも個人でも、どこもかしこも困り果てているのが当たり前なので、とりあえず自分に近しいところに10万円をパスしていくイメージで使っていく。自分のお金が急場しのぎのちょっとした足しにしかならないのは間違いないが、少しでも力になればと思って……とかっこいいことを言っているが、実際そのリターンとしてTシャツが送られてくるんだから、こっちとしては買い物をしているのと一緒である。

知った場所や知った人だけじゃなく、「飲食店が休業になって在庫を余らせて困っている漁師さんがいます!」みたいなことを掲げた通販サイトからカニを買ったり、田舎のある山形から山菜を取り寄せたりもした。近所の商店街沿いの、初めて買い物をする店で色々食べ物を買ったり、古い食堂で昼ご飯を食べたり、とにかくその10万円は自分の好きな場所に積極的に還元していっていいというルールを自分で決めて使った。特別定額給付金をすべて生活費にあてて、それでも状況がめちゃくちゃ厳しいという人もいるだろうけど、幸い自分はその10万円が無くても生活は維持できたので、買い物と飲食にまわした。

で、そうやって「困っているところに向けて使っていいお金が10万円ある」と思って暮らしていると、こんなにも消費に対して前向きな気持ちになれるんだなと驚いた。「自分のお金を、誰かをサポートするつもりでどんどん使っていい。そしてそのために使えるお金がある程度ある」という状況。お金を使うことが罪悪感につながらない、というのが新鮮だった。10万円はすっかり消えてしまっても、それは自分の好きな場所や近所の町にシュワーッと分散していって、もしかしたらほんの少しの足しになったかもしれない、と思えることの心地よさよ。もし、こんな風に好きなところに向けて使っていい10万円が毎月あったら、世の中の見え方が変わるかもしれないと思った。

「読んでは忘れて」第18回

ヤマザキOKコンピュータさんの『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』は、「投資の話」とタイトルにあるものの、投資の具体的なノウハウ、テクニックなどについて詳細に書かれた本ではない。もっと根本の、お金に対する心構えについて書かれたものである。

著者のヤマザキOKコンピュータさんが中学生だった頃、近所に『たきたてマック』という弁当屋があった。おそらく個人経営で、揚げ物たっぷりの真っ茶色の弁当を売っている。ヤマザキOKコンピュータさんはそこの弁当や総菜が好きだったけど、高校生になってからは足が遠のき、友達とファミレスやコンビニにばかり行くようになった。そこで飲み食いするものには味気なさを感じていたが、なんせ便利である。そうやってファミレスやコンビニに通い詰める日々が続き、ふとある日、『たきたてマック』の弁当が食べたくなって自転車で行ってみると店にはシャッターがおりていて、「閉店」と書かれた紙が貼ってあった。

それ以来、ヤマザキOKコンピュータさんは、あの頃自分たちがファミレスやコンビニじゃなく『たきたてマック』に通っておけば、お店がもっと長く営業を続けていたんじゃないかと、後悔に似た思いを胸にしまい続けることになる。普段使うメールアドレスも「takitate.mac@~」みたいに設定しているほどだそうだ。生活をしていて、「中身のない物や大して好きでもない物ばかりにお金や時間を使ってしまって」いる時、ヤマザキOKコンピュータさんは「たきたてマックが潰れちまう」と思う。

ヤマザキOKコンピュータさんは、パンクスピリットに大きな影響を受けた投資家である。こう書いている。
「多くの人が無意識に、お金は奪い合うもので、汚いものだと思い込んでいるような気がする」
「俺は自分の生き方も、お金の運用先も、できる限りのことを自分で決めていきたいと考えている」
自分で人生を選び、自分が好きな未来に少しでも近づくためにお金を使う。少しでも自分がいいと思える取り組みをしている企業に投資する。そういう姿勢でお金を動かすべきだと繰り返し書いている。

私は20代半ばから30代半ばまでの会社勤めがうまくいかず、それがトラウマのようになって、仕事することやお金を稼ぐことがまるで諸悪の根源であるかのように思うようになってしまった。お金を稼ぐっていうことは、つまりやりたくないことをすることだ、と決めつけていた。消費するということはつかの間の快楽で、よこしまなものみたいにすら感じていた。

しかし、世の中がこのようになって、いよいよしっかりお金のことを考え直さないといけないと思う。ヤマザキOKコンピュータさんのような人はコロナ禍以前からずっとそういうことを考えてきたけど、自分は最近になってようやくそう思い始めている。

まず自分が生きるために、お金を得なくてはならない。できるだけ嫌じゃない方法で。そしてそのお金を、少しでも世界が自分の好きなものに寄っていくように、エネルギー弾を放つイメージで使っていかなくてはならない。世界をこっち側に引っ張るために、お金を使うのだ。

私はコンビニもファミレスもカップ麺も大好きなのだが、そっちにばかりエネルギー弾を打っていたら、いちいちギャグを言わなきゃ気が済まない面倒な大将のいる居酒屋や、泣けるほど素朴な中華そばを出すラーメン屋や、「誰がなんのためにこれを!?」と驚くような面白い雑貨を売る店が消えていく。コロナの影響で運営が困難になった企業や店や、生活が苦しい家庭や個人に政府がガンガン支援を回すように訴えなければいけないのももちろんだが(放っておくと全然動いてくれないので)、自分のお金だって支援の力の一つだと考えて使いたい。

ニュースを見ると「このままいくと景気はこうなります」「この分でいくと失業者数はこうなります」と悲観的な分析が目に入り、もちろんそのような冷静な分析が必要な場面があるのは確かだろうけど、「このままいくと」との部分をもう最初からその通りに飲み込んでしまっている自分に、この本を読んでいると気づかされる。

「このままいかない」かもしれない。大逆転ということはないにせよ、分析結果の世の中よりも少しはマシな世界に着地できるかもしれない。そうイメージしながら生きていかなければと思う。

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スズキナオ
スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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