読んでは忘れて

第22回 松谷みよ子『現代民話考』

松谷みよ子『現代民話考』[3]松谷みよ子『現代民話考』という、全12巻からなるシリーズを買い集めている。1985年から86年にかけて立風書房という出版社から刊行され、2003年になってちくま文庫から改めて出版された。しかしどちらの版も現在は絶版となっている。

私はちくま文庫版の方を集めていて、あと7巻と11巻が手に入ったら全部揃う。「集めていて」なんて書くとずいぶん頑張ったみたいだけど、メルカリとか古本通販サイトとか、いくつかのWEBサービスで検索して、手が出る値段のものであれば買う、ということをしただけだ。全部揃っているものも古本通販サイトで売られていたけど、それは5万5千円もしてあきらめ、一冊ずつ買っていくことにした。

松谷みよ子さんといえば、児童文学者としてのイメージが強い。『ちいさいモモちゃん』をはじめとした「モモちゃんとアカネちゃんの本」のシリーズが有名だ。その松谷みよ子さんは民話の研究者でもあり、民話を集めた本もたくさん遺している。

作家の木下順二氏の民話サークルに参加していた松谷みよ子さんが、木下氏の「現代の民話の種が社会で生まれてきつつある」という言葉に衝撃を受けたのは松谷さんが26歳の頃のことだったようだ。

昔話のように、遠い昔から言い伝えられてきた語りが民話というものだと思っていたが、現代にも民話はあるというのだ。考えてみればそれは当然のことで、たとえば戦争だ。戦争に行ったはずの息子がふと故郷に姿を見せる。「よくぞ帰ってきた」と駆け寄るとその姿はふっと消え、ちょうどその頃、戦地で亡くなっていたらしきことが後でわかる、というような話を聞いたことがないだろうか。私はテレビか本か、どこかで何度かそういった話を見聞きした気がする。庶民の暮らしの中からふっと生まれて語り継がれていくものが民話だとしたら、戦争にまつわる民話も生まれてくるはずだ。この連載で前に書いた小野和子さんも、そのようにして現代に生まれた民話を求めて歩いていた人である。

小野和子さんが東北を歩き回って一人一人から直接的に現代の民話を採訪していったのとは違い、松谷みよ子さんは現代の民話を網羅しようとした。1978年に発刊された『民話の手帖』という全国誌の紙面を大々的に使って読者からそういう話を募ったそうである。そのようにして集めていった現代の民話を松谷みよ子さんがテーマにごとに分類して編纂したものが『現代民話考』シリーズなのである。

全12巻に現代の民話がギッシリ詰まっている。どこからページをめくっても不思議な話が現れる。例えば今、私の手元には『現代民話考』の第3巻がある。サブタイトルに「偽汽車・船・自動車の笑いと怪談」とつけられている。

「偽汽車」という言葉を初めて目にした。どういうことか思って読んでみると、こんな民話が載っている。

群馬県多野郡新町付近の国鉄高崎線。昭和二十五年頃の話。付近はさびしい所だったという。ま夜中に狸が汽車に化けて突進して来たので、運転手が汽車を止めて下車してみると何も見えない。そこで走りはじめると再び黒煙をもくもく上げて汽車が突進してくる。しかし、こんどはそのまま止まらずに走った。翌日現場に行ってみると狸がひかれていた

タヌキが汽車に化けていたというのだ。上に引用したのは群馬県の話だけど、これにそっくりな話が日本各地にあり、この本にはそれがいくつもいくつも掲載されている。

長野県北安曇郡。汽車が開通したころ、そのへんに住む狸が汽車に化けてむこうから走ってくる。どうもおかしいのである日思い切ってぶつけたら、向こうの汽車はぱっと消え、狸がひきころされていた

滋賀県八日市市(編注:現・東近江市)。私が六、七歳の頃、祖父から聞いた話。八日市市に鉄道が開通した頃、狸が汽車に化けて走って来て、思い切ってぶつかったところ汽車は消え、狸がひき殺されていたと

香川県仲多度郡多度津町。多度津町に鉄道が開通したころ、そのへんにすむ狸が汽車に化けてむこうから走ってくる。どうもおかしいので思い切ってぶつけたら、走ってきた汽車は消えて狸がひきころされていた。昭和十年頃に聞いた話

こんな感じで、ほぼ同型の話だ。タヌキではなくキツネが汽車に化けていた、という話もある。

「読んでは忘れて」第22回

この「偽汽車」の話がどんな風に生まれたかは想像するしかないが、野山が切り開かれ、汽車という見たこともないような巨大な鉄の塊がそこを走っていく時代が到来して、動物たちのエリアを奪い取った。実際に汽車にひかれて死んだタヌキやキツネもたくさんいたのだろう。運転手がタヌキやキツネを汽車に幻視したのか、あるいは、エリアを追われたタヌキやキツネに同情する人々の思いがそのような話を作り出していったのか、確かめようはないけど、そんな風に生まれてきたのではないかと思われる。

時代の変化によって、ある時、暮らしの中に汽車が現れ、ある時、戦争が起き、そういった大きな何かが出現するたびに新しい民話が生まれていくのだと思う。例えば『現代民話考』の第8巻には「ラジオ・テレビ局の笑いと怪談」というサブタイトルがついていて、テレビやラジオの黎明期に生まれた民話がたくさん収録されている。

この本が出たのは1985年だが、もし今、松谷みよ子さんが生きていて同じように現代の民話を網羅したとしたら、そこにはきっとインターネットの民話やスマートフォンの民話が掲載さえているはずである。『現代民話考』の一冊ごとに分厚いページをパラパラめくっていると、ここに収められることのなかったさらに先の時代の民話を読んでみたくてたまらなくなる。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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