読んでは忘れて

第33回 金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』

金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』ここ数ヶ月、暇な時間が少しでもあればそれを何かで埋めないと気が済まなかった。最初の頃はとにかく強い酒を飲んでぼんやりするか眠るかしていたが、体調的に酒があまり飲めなくなってきてそればかりに頼るわけにいかず、ネットフリックスで映画を見るようになった。

見ながらウトウトできるようにあまり騒がしくなさそうな映画を選ぶと、作品の内容については一切考えず、水が流れているのを眺めるようにぼーっと見るようにした。水を見るように映画を見ることに飽きたら外に出て、本物の川か海を見にいく。神戸の海か京都の鴨川まで電車に乗ってよく行っていたが、思っていたより交通費がかさみ、ゆうちょの口座の残高がどんどん減っていくので怖くなってきた。

本をバンバン読んで自分の頭の中に詰まった「パイプ汚れ」みたいなものを強制的に洗い流したいと思い、行き帰りの電車で最近買った本を開いてみるが、内容が入ってこない。特に小説を読むのが難しくなっていることに気がついた。小説を読む時は文章のリズムとか温度のようなものに自分をあわせていくチューニング的なものが必要な時間があるように感じているのだが、そのチューニングがうまくできない。まあきっとそれは今だけで、ある時期が来たらまた読めるようになったりするのだろうが、とにかく今はなぜか無理。最初の方だけ少し読んですぐ閉じた本が自室の床に積まれていった。

Twitterで誰かが面白いと言っていたのだったか、たぶんそんな理由から、酒に酔った自分が通販で購入していたらしい金原ひとみの短編集『アンソーシャル ディスタンス』を持って外に出かけた時も、だから、「たぶん読めなそう」と思っていたのだが、驚くほど読めた。というか、小説を読んで心が揺れ動く感覚を久々に思い出した気がした。金原ひとみの小説はこれまで読んだことがなくて、まさかこんなに好きになるとは思わなかった。

「読んでは忘れて」第33回

『アンソーシャル ディスタンス』という短編集には2019年1月に文芸誌『新潮』に発表された「ストロングゼロ」から、2021年1月に同じ雑誌に発表された「テクノブレイク」まで、5篇が時系列に収められている。表題にもなっている「アンソーシャル ディスタンス」と「テクノブレイク」はコロナ以降に書かれたもので、コロナが思いっきり作品の中の世界に影響を与えているのだが、でも、それ以前に書かれたものと驚くほど共通している。

本を開いて順番に読んでいくとしたら最初に読むことになるのが「ストロングゼロ」という作品で、仕事の休み時間にコンビニでストロングゼロを買って飲み、ついには中身を氷入りのプラカップに移し替えることによって仕事中にも飲むようになってしまうミナが主人公だった。ここ最近の私も可能な限り常に酩酊していたくて起きたらすぐ酒を飲むようにしていたから、まるで小説の中に自分の仲間を見つけたような気持ちになった。

連続飲酒、繰り返される整形、自殺願望、性行為への執着、みたいに、キーワードを並べたらそこだけが目をひく要素になってしまいそうな作品が続く一冊だが、読み通した印象としては、センチメンタルな感覚をどこまでも廃して、自分の心の変化とか、果てのない欲望とか、埋まらない絶望感だとかを見つめ続けている小説だと思った。くよくよしていない。人間を徹底的に拒絶するかのようにそびえたつ険しい山の山肌をじっくり眺めているみたいに、自分の心の中に何が起きているか、何があるかを逃げずに見つめ続けているようだ。

「コンスキエンティア」という作品の始まり方が好きだ。

抜け感が足りない。出来上がった顔に対してそう評価を下す。隙がなさすぎてどこか古臭い。これだけアイシャドウをゴージャスにするなら、アイライナーの色はもっと薄くするべきで、下まぶたはライナー無しでも良かったかもしれない。それにマスカラもダークブラウンかグレーまで下げた方が良さそうだ。(中略)時代は足し算から引き算へと移り変わり、引き算から抜け感の密造がベースに移り変わった。白やヌードベージュ系を使って抜け感を作りつつ、パールとラメとマットを程よく組み合わせ、ナチュラルメイクとは一線を画すモード感を作りだすのだ。

と、何が語られているのかメイクに疎い自分にはまったくわからないが、とにかくリズムが気持ちいい。主人公の「茜音(あかね)」はコスメメーカーに勤務していて、仕事をこなす能力も仕事に対する熱意も持っているが、それで満たされない寂しさや虚しさが生活には横たわっており、自分に何を求めているのか分からない夫、心のバランスを崩して日常生活に支障をきたすようになった古い不倫相手の「奏」、最近できた新しい不倫相手の「龍太」という三人の間を行ったり来たりしながら、それでもやはり満たされないでいる。

何かと激しく癒着したかった。会いたい、ほとんど反射的な欲望が湧き上がったけれど、会いたいのが夫なのか奏なのか龍太なのか分からなかった。

と綴られるような、誰かを求める衝動と、もはや何を求めているのかわからない混沌とした状態が、この作品にだけでなく、どの短編にも通底している。

酒を飲み過ぎない方がいいに決まっているし、複数の相手と同時につきあわない方がいいに決まっているし、与えられた仕事は真摯にこなした方がいいに決まっている。誰だってきっとまともでありたいが、自分をコントロールできずにそこからはみ出してしまうことがある。

心の支えになっていたバンドのライブがコロナの影響で中止になったことをきっかけに心中の旅に出る「幸希」と「沙南」を描いた「アンソーシャル ディスタンス」の中で、過干渉的な母の言いつけを守って事なかれ的に生きてきた「幸希」が、「沙南」について語る部分がある。

母親や昔付き合っていた彼女なんかに象徴される、自分に倫理や従順さを求めてくる世間や社会といったものの中で、真っ当な人間でいなければこんな取り柄も面白みも自慢できるところもないような自分を認めてもらえないだろうという呵責によって形成されてきた自分の人格が、沙南によって初めて溶かされたのだ。社会からも世間からも外れたところで行きている沙南が、生きやすさを与えてくれた。(中略)彼女は幼い頃からずっとキシネンリョがあるとことあるごとにこぼすけれど、俺には本能的、野性的で生命力に溢れて見える。それは彼女が本気で死を考えながら生きているからだろうし、そんな死にたい彼女に、生きることに前向きになれない俺は救われている。

と、ここを読んでいて、自分の気持ちが「幸希」と重なり、自分は金原ひとみの小説に救われたような気がしていると思った。コロナがあろうとなかろうと、そもそもこの世界で真っ当であり続けることなど難しい。何かに依存したり、過度に執着したり、まあそんなもんだよ、と思わせてくれる小説だった。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)。

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