読んでは忘れて
『DELIVERY MANGA』

第8回 INA『DELIVERY MANGA』

『DELIVERY MANGA』	少し前にツイッターで見かけた『DELIVERY MANGA』という本。牛乳配達の仕事の経験を元に描いたマンガだそうで、一部だけアップされていた絵がよくて、鈴木翁二にも通じるように思えて気になった。貼られていたURLの通販ページを見たら価格は1冊1,000円。自主制作されたもののようで、他にあまり情報はない。こういう時は「なんか面白そう」という直感に従い、後先考えずに買うことにしている。

後日届いたその本はA5サイズで220ページもあって、ずっしりとした手ごたえのあるものだった。ツイッターで見た通り、牛乳配達の仕事をしている主人公の体験談を綴ったもので、小さなエピソードが38篇収録されている。その最初の方のいくつかを読んで買ってよかったと思い、最後まで読んでこれはたくさんの人に読んで欲しいものだと思った。

これは後になって調べてわかったことだが、作者のINAという人は名古屋の「MILK」というハードコアバンドのギタリストで、そのINAさんが、これまでポツポツと自主制作ZINEの中で発表していたのがこの『DELIVERY MANGA』で、そうやって2017年8月から2018年11月までに描かれたものをまとめた一冊が今回私が手にした本だったようだ。

私は「MILK」というバンドの「MY」という曲の映像を5年前に見て以来ずっと「MILK」のことが好きだったので、そのメンバーが描いたマンガだったということに驚いた。

『DELIVERY MANGA』は「栄養ドリンク」というエピソードから始まり、主人公が配達先で「おたく、商売むいてないと思うよ」と言われ、その人に「まあ飲め」って感じで渡された栄養ドリンクが賞味期限を豪快に過ぎたものだったという、そういう体験が描かれているのだが、この、主人公が「商売むいてない」感じが素晴らしい。

主人公は、仕事の途中で色々なことを考える。やらなきゃいけないことから離れ、室外機の上の猫と目を合わせたり、配達車の前を長い時間かけて横切っていく小学生たちの列に見とれたりする。

「読んでは忘れて」第8回

「配達スピード」というエピソードは、一軒一軒の配達スピードの少しの遅れが積もり積もって配達遅延に結びつくということを主人公がわかっていつつも、配達先の家の子どもの遊びにつきあってやったりしてどんどん遅れが出ていくというもの。こんな風に主人公はいつも、“作業効率アップ”を至上とする仕事的な時間からはみ出してしまう。

もちろん、はみ出してワハハと笑っていることを仕事は許してくれず、最悪なことがたくさんある。「営業成績が悪い(主人公はただ牛乳を届けるだけでなく、家々をまわって契約もとらないといけない)」と上司に詰められたり、疲労の末に配達車で事故を起こしてしまったり、配達先で邪険に扱われたり、そんな中で主人公は頭を抱え、膝から崩れ落ち、失意に暮れる。

しかし、「good」というエピソードで、商品を配達した先の老人が「何でこんなに遅くなった」「あんまり遅いでいま店に電話したところだわ」と表情も変えずに冷たく言い放った後、「たくと~牛乳きたぞ~」と、おそらく孫に向かって呼びかける声が屋内から聞こえ、主人公が、さっきまでの無表情とは打って変わったような優しい顔で孫と接している老人の姿を想像する、という場面が描かれているように、主人公はどんな人にもそれぞれ事情があり、愛する人がいて、それぞれの生活があるということを想像し続けていて、だからこのマンガは息苦しいものにならず、全体を通しては辛い体験ばかりなのかもしれないけど、どこかのどかな空気がある。読んでいてずっと風通しのよさを感じる。

同じ眼差しは、主人公と同じようにノルマを課せられ、それぞれに「あー仕事めんどくせー」と思っているに違いない職場の同僚たちにも向けられ、不器用そうな「N崎さん」も、契約をバンバン取ってくる「S木さん」もみんなどこか魅力的に描かれている。「ノルマが達成できないとアルバイトに降格になる」とみんなに告げる上司すら、憎めないように思える。

私はこのマンガのことを紹介しようとして、主人公の「商売むいてない」感じ、仕事の大変さ、ノルマ、不器用そうな同僚とか、作品の中で目立つ要素ばかりをまず並べてしまったが、本当にグッとくる部分はそんな風にここに並べてもぼんやりした紹介にしかならないようなささいな場面ばかりで、そういう部分が大事に拾い上げられているところこそ、このマンガの良さだ。

最後、主人公が職場を去ることになり、だけどきっとその翌日も、残った同僚たちはあくせく同じ場所で働き続けるんだろう、そしてそこには仕事の困難さもあれば、交わされる軽口もあり、とにかくバタバタしながら人がなんとかして生きているんだろう、と、読み終わって余韻が続く。主人公が世界を自分本位の小さなものにせず、人それぞれの生活を想像することを諦めないでいるからこそ、主人公が去った後も、そこに流れ続ける時間がリアリティをともなって想像される。

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