読んでは忘れて

第56回 安田謙一、辻井タカヒロ『ロックンロールストーブリーグ』

安田謙一、辻井タカヒロ『ロックンロールストーブリーグ』つい数日前、大阪・日本橋の「味園ユニバース」で坂本慎太郎バンドのライブを見た。見たというか、聴いた。見て聴いた。見て聴いただけでなく、飲んだ。缶ビールを飲んで、見て聴いた。チケットを見せて入場する時、別途ドリンク代600円がかかった。ドリンク代を払うと、ドリンクと引き換えられるコインを渡されて、それをドリンクカウンターに持っていって、飲みたいものをいくつかの選択肢から選ぶ。私はいつもこういう時は缶ビールばかり飲んでいるから他にどんな選択肢があったが全然記憶していない。

アルコールが不要な人のために、ミネラルウォーターやお茶やコーラもきっと用意されているだろう。それもたぶん一律で全部600円なはず。でも水で600円は損だ。アルコールが不要でも一旦缶ビールと引き換えておいて、会場でもっと缶ビールを必要としている人にそれを600円で売るのはどうだろうか。もしそれを100円引きの500円で売るのなら、私が買わせてもらいたい。

そんなことを考えながら缶ビールを飲み、ライブの前座として、安田謙一さんとキングジョーさんがDJをしているのを聴いていた。「なんだこれ!」と思うようないい曲がたくさんかかったので、「Shazam」という、今聴こえている曲が誰の何という曲かを判別してくれるアプリを立ち上げたが、私のスマホがポンコツなため、十分に電波が入らず、うまく機能しなかった。聴こえてきた歌詞をメモして、後で検索することにする。

そして坂本慎太郎バンドのライブが始まった。私は坂本慎太郎が好きだから、関西でライブがあればいつもチケットの抽選に申し込んで、当たれば行くのだが、そうやって何度か体験することができたライブの中でも、特に素晴らしいライブだったような気がする。いや、「特に」とか、順番をつけるほどの批評能力はなくて、ちょうど自分の体調がよかったのかもしれない。私は「味園ユニバース」という会場が好きなので、そこでのライブだったのも大きそうだ。耳に入ってくる歌の歌詞、コーラス、ドラム、ベース、サックスとフルートの音も全部があの場にぴったり合っているような気がした。

「読んでは忘れて」第56回

私は紙のチケットで入場した。どういう仕組みなのかいつもよく考えずに買えるものを買っているのだが、今回取れたチケットは、コンビニで事前に発券しないといけないもので、スマホの画面を見せて入場する式ではなく、紙の券の4分の1の部分をスタッフの方に千切ってもらって入った。

その残った半券(正確にはだいたい4分の3券)を、家に帰った後、今読んでいる本、『ロックンロールストーブリーグ』に、しおりとして挟むことにした。

『ロックンロールストーブリーグ』は文筆家・安田謙一さんと、マンガ家・辻井タカヒロさんの共著で、2010年に出版されている。『CDジャーナル』という月刊の音楽誌で2002年4月から2010年まで連載された、およそ100回分(+いくつかの追加原稿)を収めたものだ。1回分が見開きの2ページで、安田謙一さんの文章が2000文字程度あって、左端にその内容を受けた辻井タカヒロさんの4コママンガがある。

様々な時代の音楽の話と、それとまったく関係ないように思える話とが自由自在にミックスされ、どこか思わぬところに向かって進んでいくような文章で……、と、安田謙一さんの文章のここがすごいと書くのは野暮すぎる行為である気がしてならないが、どうしたらこんな風に膨大な知識と、それを横断する自由な視点と、軽みとが同居する文章を書けるのだろうかと思う。自分のまったく知らない音楽家、その人の作った曲の名前などの固有名詞がたくさん並んでいる文章でも、なぜか笑える。

なんでも、いちいち書いているのが面白い。

第36回「びっくりモグラ」の中の一節、

テレビCFとモノマネといえば、Don Doko Donの山口智充が、…って書いてみて思うんだけど、このDon Doko Donの、っていうのって郵便番号書きながら都道府県から宛名の住所を書くみたいな「ワザワザ感」がありますね…

っていうその、文章を書く時の「ワザワザ」な構えに対する反応を無視しないで書くところがすごい。

あと、そもそもこの後に続く文章は、Don Doko Donの山口氏が「キリンの発泡酒、淡麗のおっさんの歌のマネ」と言って始めるジプシー・キングスの「ボラーレ」の歌のモノマネの話になるのだが、「ジプシー・キングスの『ボラーレ』のモノマネをします!」と言って始めずに、「キリンの発泡酒、淡麗のおっさんの歌のマネ」って言って始めるところがなんかいいと思うっていう、これもまた考えてみればめちゃくちゃ敏感な感覚が拾い上げられていてすごい。

ささやかなことに敏感で、色々なことを知っていて、あれとこれとを面白いつなぎ方で読ませてくれるというのは、これはつまりDJ的な感覚ということだろうか。「DJ的な文章」と書くと途端に軽薄な言葉っぽくなってしまうが……。

今パッと開いたページ、第82回「ああ、ストーブリーグ」の冒頭。

喫茶店で広げたスポーツ新聞。一面の下段に掲載されていた新刊本の広告、その書名に目を奪われた。
『驚くほど精力がつきすぎ恥ずかしくなってしまった』(ふく書房)
声を出して笑ってしまった。なんちゅうタイトルやねん。

も、面白いな。本当にどこからパッと開いても面白い。辻井タカヒロさんの4コマも、抜け感が最高である。しおり代わりにチケットを挟んでいるけど、しおりの意味がないというか、本当にどこから読んでもいい。

しかし、2010年に出た安田謙一さんと辻井タカヒロさんの本に、2023年の坂本慎太郎バンドの、安田さんがDJとして参加していたライブのチケットを挟むという、このなんとも言えないうれしさよ。でもこれは全然そのまま過ぎるやり方で、きっと安田さんなら、「この本にこのチケットを挟む」の絶妙な取り合わせをいくつも思いつくんだろうな、と思いながら読み進めている。

『ロックンロールストーブリーグ』通販ページ
Amazone-hon紀伊國屋書店楽天ブックス

スズキナオ
スズキナオ
Xtumblr

1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

スズキナオ最新刊『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』発売中!
Amazone-hon紀伊國屋書店シカク(特典つき)楽天ブックス

スズキナオ『「それから」の大阪』通販サイト
Amazone-hon紀伊國屋書店シカク(特典つき)楽天ブックス

スズキナオ『 遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』通販サイト
Amazone-hon紀伊國屋書店シカク(特典つき)楽天ブックス

スズキナオ『酒ともやしと横になる私』通販サイト
Amazone-hon紀伊國屋書店シカク(特典つき)楽天ブックス

スズキナオ『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』通販サイト
Amazone-hon紀伊國屋書店楽天ブックス

「酒の穴」新刊『酩酊対話集 酒の穴エクストラプレーン』通販サイト
Amazone-hon紀伊國屋書店シカク(特典つき)楽天ブックス

バックナンバー